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家の中に戻るとロイドは、濡れてしまっているク〜にタオルを渡し、自分は着替えを取りに二階へと上がって行った。
とは言え、この家に子供の服など置いてはいない。少し大きいが自分の服で我慢してもらうしかないだろう。
「明日、学校帰りに一着買ってくるか。小遣いもあまり残ってねえんだけどな・・・。」
そんな事を考えながら自分の部屋に入って来たロイドは、ベッドの上に見覚えのある小さな服が何着か畳んで置いてあるのを見て目を丸くした。
広げてみると、思った通り、それは幼い頃の自分の服であった。なんだか懐かしさが込み上げてくる。きちんとさぼしてあるのか、微かにお日様の匂いがした。
「親父か・・・」
ダイクはああ見えて結構まめな人物である。きっとク〜をしばらくの間預かると決めた時から今回のような事が起きるのを見越していたのだろう、着替え用にと出しておいてくれたのだ。さすが子育ての経験者・・・。子供は服を汚すものだとちゃんと心得ている。
それにしてもこの服の状態には驚いてしまった。
これを自分が着ていたのはもう十年ぐらい前の話だ。それなのにそんな年月を全く感じさせず、少しも黄ばんでいないばかりか虫食い一つない。ずっと押入れの奥に入れっぱなしだったら、こうは保てないだろう。きっとダイクは時々出しては日に干したりして手入れを欠かさずやっていたに違いない。
そう言えば四年ほど前に一度、ダイクが箪笥の整理をしていた時にこの服を見た事があった。何故そんな昔の服があるのかと尋ねたロイドに、ダイクはこう答えたものである。
「まだまだきれいだから取っておいたんだ。将来お前が結婚して子供が生まれたら、その子に着てもらおうと思ってな。」
それを聞いた時ロイドは、てっきり冗談を言っているのだろうと思っていた。
だがダイクは本気だったのだ。そうでなければとっくの昔に捨てるか他の物に作り変えてしまっていた筈で、こんな手間暇かけて手入れする事などしなかっただろう。
そしてロイド自身、あの時は何を言っているんだと思ったが、今実際にこうして懐かしい服を手にすると様々な思い出が蘇って来て、これをク〜がまた着てくれるのかと思うと、なんだか照れ臭いような恥ずかしいような、でもそれでいてとても嬉しい気分になってくるから不思議だった。ある種、感動のようなものさえ覚える。
「俺がこんな気分になれたのも、ク〜がブカブカの服を着ずに済むのも、皆、親父がこの服を大事にとっておいてくれたお陰ってわけか・・・。サンキュ、親父。」
ロイドは服を捧げるようにしてダイクの心遣いに感謝すると、急いでク〜の元へと戻って行ったのだった。
「お兄ちゃんの服?」
ロイドに着替えるように言われたク〜は首を傾げた。
「そう、俺がお前ぐらいの頃に着ていた昔の服だ。と言っても、まだきれいだから大丈夫だよ。」
「でも・・・そんな大事な服を貸してもらっちゃっていいの?だってク〜、また汚しちゃうかもしれないし・・・。」
「そんな事、気にするな。古着なんだから汚したって構いやしない。今の俺じゃぁ、こんな小さいのはもう着れないしな。この服もお前にまた着てもらえれば幸せってもんだ。」
「でも・・・ク〜、まだボタンがうまくかけられないの。」
そう言って不安そうに見上げて来たク〜を見て、ロイドは噴き出した。
やけに俺が今着ている服をジロジロ見ているかと思ったら、そっちの心配をしていたのかよ・・・。
「バ〜カ。これは、俺が今着ているのと違ってボタンは三つぐらいしか付いていないから心配するな。それにさ、最初から上手な奴なんていやしねえよ。俺だってお前ぐらいの頃はボタンがうまくかけられなかった。誰でも皆、何度も練習しながらだんだんと出来るようになるんだろ。ほら、着てみな。」
「うん・・・」
ク〜は服を受け取ると不安ながらも早速着てみる事にする。
それは頭から被って着る形のもので、ロイドが言ったように、ボタンは襟元のところに三つ付いているだけであった。それでもク〜にとっては大変な作業だったようで、四苦八苦している。
だがロイドは横からアドバイスするだけで決して手伝ってやろうとはしなかった。
何事も練習。自分もそうやって出来るようになったのだから・・・。
そしてロイドが見守る中、ク〜は、かなりの時間がかかったもののなんとか一人で着る事が出来たのだった。
「見て、お兄ちゃん。ク〜、一人で着れたよ!」
両手を広げ、くるりと一回りしてみせるク〜。
サイズもぴったりでよく似合っている。
「よかったな。やれば出来るじゃんかよ。」
一人で着られた事に今にも飛びはねんばかりに喜んでいるク〜を見て、ロイドは自分も嬉しくなってくるのを感じていた。
それから二人は、悲惨な状態になった流しの片付けや家の掃除を始めたのだが、そこでロイドは更にク〜の不器用さを思い知らされる事となる。
なにしろク〜ときたら、ほうきを持たせれば、レレレのおじさんの如く振り回すだけで逆にゴミを撒き散らしてしまうし、雑巾を絞らせれば、くしゃっと丸めておむすびを握るようにギュッギュッとするだけ・・・。当然の事まったく絞られておらず、ビシャビシャのまま拭こうとする。
もちろん初体験でもあるし、それも仕方がないとは思う。また、先の洗い物や服を着る様子を見た時から恐らくこうなるであろう事は想像していた。しかし、その度にロイドが横で実演し見本を見せても、全く出来るようにならないのだ。
ロイド自身はたとえ初めての事でも、ダイクに改めて教えてもらうまでもなく見様見真似で出来るようになったものだが、ク〜はそれでは駄目なようで、結局、一から手取り足取り教えなくてはならない。よもやここまで酷いとは思っていなかった。これでは時間ばかりが取られてしまい、はっきり言ってロイドが一人でやった方が早い。
しかしロイドはそうしなかった。彼には珍しいほどの忍耐力で教え続けている。
ク〜がやりたがっていると言う事もある。だがそれ以上に、ク〜の一生懸命さに心動かされたと言うのが最大の理由かもしれない。
ク〜は確かに超ぶきっちょである。しかし、恐らく根が真面目で努力家なのだろう、うまく行かなくても諦めずに何度も挑戦し最後には確実に自分のものにしていた。そして一度覚えてしまえば、以降は同じ失敗を繰り返す事がない。それは、何でも器用にこなすが飽きっぽいロイドには到底真似できない事であった。こうなるともうその時点で不器用は短所ではなくなる。一種の才能と言ってもいいのではないだろうか。
そう・・・人はとかく他人の短所へと目が行ってしまいがちだが、ク〜のようにたとえ一つだけでは欠点としか思えない事でも、他の何かが加われば十分長所になり得る。だから欠点をあげつらうよりもまず、その人の良い点へと目を向けるべきなのだ。
短所だけの人間などいない。誰にでも長所はあるもの・・・ロイドは今回の事を通して、そんな当たり前の事に今更ながら気付かされたのだった。その点、ク〜には感謝しなくてはならない。
そんな事を思いながら、ちらりとク〜を見やるロイド。
不思議なもので、最初はあんなにも嫌っていたと言うのに、今では逆に惹かれてしまっている自分がいた。だがそれもよく考えれば、少しも不思議な事ではないのかもしれない。
ク〜には他人を惹きつける魅力がある。その一つがあの笑顔だ。ボタン掛けや掃除が、四苦八苦の末ようやく出来るようになった時に浮かべたあの笑顔・・・。それは見ているこっちまでもが幸せになってしまうような輝く笑顔であった。
確かに覚えは悪いし、世話がかかる。でもこれで出来るようになればあの笑顔をもう一度見られるのだと思うと、そんな事は全く気にならなくなってしまうのだ。むしろ一生懸命やっている姿を見ていると愛おしさまでが湧いてくる。もしかしたら弟を見守る兄の気持ちと言うのはこのようなものなのかもしれない。
「でもク〜の場合、随分と出来の悪い弟だけどな。」
ロイドは苦笑を浮かべると再び掃除に戻っていったのだった。
結局掃除を終えたのは夕方近くになっての事だった。途中、軽い昼食をとったのを除くと殆ど一日中やっていた事になる。さすがに疲れたものの、それは心地の良い疲れだった。ク〜はと見てみれば、こちらも同様に疲れたようではあったが、それ以上にほうきをうまく扱えるようになった事や雑巾をちゃんと絞れるようになった事の方が嬉しかったようで、満足気な笑みを浮かべている。
とは言え疲れた事に変わりはなく、そこで二人は夕食を済ますと今日はもう風呂に入って早々に休む事にしたのだった。
そんなわけで夕食後、ロイドは風呂に入る支度を始めたのだが、そこへ来て初めてク〜が脱いだ服をそのままにしてあった事を思い出した。
「あ・・・しまった!これを先に洗って干しておくべきだったな。そうすれば今頃乾いていたかもしれないのに。すっかり忘れちまってたよ・・・。ごめん、悪いけどまた俺のお古で我慢してくれな。」
そう言って、もう一枚の古着を渡すロイド。
ク〜はそれを見て渋い顔をした。別に古着が嫌だったわけではない。ただその服は・・・。
「でもこれ・・・今のよりボタンがいっぱい付いてる・・・」
「しょうがねえだろ、これしかないんだから。言っておくけど、別に意地悪しているわけじゃねえからな。俺の服には、親父の教育方針って言うか、趣味って言うか、とにかく多かれ少なかれ全部にボタンが付いちまってるんだ。これなんかまだ少ない方なんだから我慢してくれよ。」
「それじゃあ、着るの手伝ってくれる?」
「・・・分かったよ。ただし、半分だけな。」
「え〜!?」
「そんなふくれっ面しても駄目!全部やってやったら練習になんねえだろ。そんなんじゃいつまでたっても上手くならねえぞ。」
「・・・別に・・・上手くならなくたっていいのに・・・」
もぐもぐと文句を言っているク〜に苦笑しながら、風呂に入りがてら洗ってしまおうと置きっぱなしになっていたク〜の服を手に取ったロイドは、そこから何かがひらりと落ちるのを見て拾い上げた。
「?・・・これって、しおり?」
「あ!それ、ク〜のはっぱ〜!!」
「え?お前の葉っぱ?・・・なんだ、そりゃ。」
「お姉ちゃんがくれたの。それを持っていると幸せになれるんだって。」
ク〜はそれが濡れていない事を確かめるとホッとしたように胸に押し抱き、ロイドにしおりを貰った時の事を詳しく話して聞かせた。
「・・・・・・そうか。コレットがそんな事を。あいつさ、神子だからやっぱ色々と考える事があるんだろうな。」
「神子?」
それってゼロみたいのなのかな?・・・と首を傾げるク〜。
「ああ。コレットは再生の神子なんだ。もう少ししたら天使になる為に旅に出て、そして世界を救うんだよ。」
その言葉に、ク〜は目を見開いた。
「・・・・・・天使になると・・・世界が救われるの?」
「なんだよ。お前、何にも知らないんだな。コレットが天使になればマーテル様が目覚めて、世界を救ってくれるんだよ。すげーよな、天使だぜ?そうなったらコレット、羽が生えたりすんのかな?」
“私は所謂
“普通の女の子” じゃないんだもの。みんなとは永遠に交わる事のない “特別な存在”
なのだから。”
そうか、だからお姉ちゃんは・・・。
「・・・・・・」
「ん?どうしたんだ、ク〜?黙り込んじまって。」
「え?・・・ううん、何でもない。」
「何だよ、変な奴だな。驚いちまったのか?・・・でもさ、その再生の旅って言うのが危険な旅みたいで、今まで何人もの神子様が途中で命を落としているんだ。考えてみればそうだよな。そこら中にモンスターがいるし、天使になるには試練ってやつもあるみたいだし・・・。それできっとコレットも不安なんだと思うんだよ。だから俺は強くなるって決めたんだ。もっともっと強くなって、絶対にコレットを守ってやるんだって。」
「それでお兄ちゃんは剣を?」
「ううん、正確に言うと違うかな。俺が剣の稽古を始めたのは、行方不明の父さんを探しに行きたかったから・・・。でもそれはいつだって出来るもんな。今はまずコレットを守る為に強くなりたいって思っている。父さんの事はそれからだ。」
「そっか・・・。それじゃあク〜も、風呂敷仮面さんが来たらお願いしてみるね。お姉ちゃんが無事に旅が出来ますようにって言うのと、お兄ちゃんが強くなりますように。それとパパが見付かりますようにって。」
「へ?風呂敷仮面?」
「風呂敷仮面さんは正義の味方なんだよ。それでね、良い子には願い事を叶えてくれるの。お兄ちゃんもお姉ちゃんも優しいからきっと叶えてくれるよ。」
「・・・お前、それで良い子になりたがっていたのか。もしかしてそいつを探しにここへ?」
「うん。ク〜が行った事のないところに住んでいるんだって聞いたから、もしかしたらここら辺にいるのかなって思って。でもお兄ちゃん、知らないの?」
「残念ながら正義の味方の知り合いはいねえな。」
「それじゃあ、ここじゃないのかな。」
俯いてしまったク〜を見て、ロイドは慌てて言葉を継いだ。
「あ、でも、俺が知らないだけかもしれないし。それにさ、この辺りに住んでいなくても、正義の味方ならどんなに遠くにいたって飛んで来られるだろ?大丈夫。お前はあんなに頑張っていたんだ。きっと来てくれるさ。多分、渋滞か何かで来るのに時間がかかっているんじゃないかな。」
「そうかな?来てくれるかな?」
「あ、ああ、来てくれるよ(たぶん)。だから元気出せ。・・・て言うかさ、その風呂敷仮面に会ったらお前は何をお願いしたいんだよ。」
「駄目〜!それは秘密なの。」
「あ、ずるいぞ。俺の事ばっか聞き出して・・・。お前のも教えろよ。で、ないと、風呂場で泡まみれの刑にしちまうぞ。」
「いや〜!!」
襲い掛かるように両手を上げたロイドから、笑いながら逃げ回るク〜。
それから二人はキャッキャッと騒ぎながら風呂場へと消えて行ったのだった。
その姿を表から窺っている影があった。ゼロスである。
風呂敷仮面?なんだそりゃ・・・。
ゼロスもロイドと同じようにそんなものは聞いた事がなかったようで、首を傾げる。
だが、そんなくだらない事をク〜に吹き込む奴がいるとしたら、その犯人はユアンとしか考えられない。どうやら今回のク〜の家出はその風呂敷仮面が原因のようだし、ここはひとつ、問い詰める必要があるかもしれない。
するとそこへタイミング良くと言うか、当のユアンがやって来たのだった。
「おい、ゼロス。ク〜を連れ戻す方法なんだが・・・」
ユアンをじろりと見るゼロス。
「あんた、風呂敷仮面って知ってる?」
「へ?風呂敷仮面?そんな奴、知らんな。そいつがどうしたのだ?」
もちろんゼロスの推理通り、風呂敷仮面の生みの親はユアンであった。しかし彼はそんな昔の事(実はそんな前の事でもないのだが)は、忘れてしまっていたのである。
「ク〜は、そいつに会いにシルヴァラントに来たみたいなんだよね。なんでも、そいつは良い子の願い事を叶えてくれるそうでさ。ク〜にそんな事教えるのはあんたぐらいしかいないと思ったんだけど違うのか?」
「良い子?願い事?・・・・・・あっ!」
そこへ来てようやく思い出すユアン。
ゼロスは溜め息を突いた。
「やっぱ、あんただったんだ。」
「いや、私はただ、ク〜があまりにいたずらが過ぎるので戒めようとしただけだ。まさか本当に信じて、こんな所まで探しに来るなんて・・・。」
「ク〜は子供なんだ。実在すると思ってしまっても不思議はないっしょ?・・・ま、もうこうして来ちまったんだから、今更ごちゃごちゃ言っても仕方がないけどさ。あんたももう少し良く考えて物を言った方がいいと思うぜ。」
「・・・・・・」
「で、何よ?」
「え?」
「さっき言っていたでしょ。ク〜を連れ戻す方法がなんとかって。」
「ああ、そうそう、その事なんだが、セバスチャンを使ったらどうかと思ってな。あいつならク〜とも顔見知りだし、打って付けだろう?」
「セバスを!?・・・いや、でも、いくら神子の家の執事だと言っても、こっちの世界に連れて来るって言うのはちょっとまずいっしょ。」
「私もお前も姿を出すわけにいかないのだし、ボータだって使うわけにはいかんのだ。他にいないのだから仕方があるまい?」
「けど、そんな事しなくても、今あのドワーフは留守だし、ロイドってやつも明日は学校に行くんだ。その間に連れ出す事だって出来るんじゃねえ?」
「何っ、ドワーフは留守なのか!?何故それを早く言わない?・・・・・・そうか、それなら連れ出せるかもしれないな。挨拶もなしにいきなり消えるって言うのも少し気が咎めるが・・・」
「・・・あんたって、意外と律義なのね・・・」
「よし、では、セバスの件は奥の手として取っておくとして、取り敢えずその作戦でいくとするか。そうと決まったら早速宿屋に戻り、酒でも飲みながら詳細に打ち合わせをするとしようか。」
ゼロスの腕を掴み、強引に引っ張って行くユアン。
「ちょっ・・・ただ連れ出すだけなんだから、そんな必要ないっしょ。」
「念には念を入れねばな。」
「そんな事言って、あんたはただ酒が飲みたいだけなんじゃないの?」
その言葉にユアンはピタリと足を止めるとゼロスを睨んだ。
「失敬な事を言うな!そりゃあ確かにあの宿屋で出す酒は美味いが・・・」
「やっぱ飲みたいんじゃねえかよ。」
「え〜い、煩い!どうせ明日の朝にならなければ行動を起こす事は出来んのだ。ちょっとぐらい構わんだろうが。いいから行くぞ!」
「ちょ、ちょっと、待てったら!酒で失敗してもしらねえぞ。」
ゼロスは懸命に抵抗しようとするが、ユアンはもうそれ以上聞く耳を持たず・・・ゼロスは諦めの溜め息を一つ突くと、引き摺られながら小屋を振り返ったのだった。
なんだか妙な胸騒ぎがしてならなかったのである。
その夜の事・・・。
ク〜は怖い夢にうなされていた。
暗闇の中、叩きつけるような雨が降っている。
「ここはどこ?」
すると、そんな怯えたように辺りを見回すク〜の目の前に何かが立ち塞がった。
自分の何倍もあろうかと言う大きな体。奇妙に長く伸びた腕の先には鋭い爪が付いている。
「ひっ・・・!!」
目鼻のない顔に覗きこまれ、短い悲鳴をあげて尻もちを突くク〜。
「・・・・・・ろして・・・」
「!?」
「・・・ねがい・・・私が私であるうちに・・・ころして・・・・・・どうかおねがい・・・ク・・・トス・・・」
鋭い爪がク〜の頬に触れる・・・。
「いや〜〜〜っ!!」
ク〜は悲鳴を上げると飛び起きた。
「どうしたんだ、ク〜!?」
気が付くと、そこは見慣れた部屋の中で、ロイドが心配そうに自分を覗きこんでいる。
「・・・夢?」
そのまま両腕で自分の体を抱くようにすると、ガタガタと震えだすク〜。
「おい、どうしたんだ?怖い夢でも見たのか?」
「お兄ちゃん!・・・怖い・・・怖いよ。怖い化け物がク〜を・・・」
化け物?・・・いや、落ち着いて考えてみれば、そう呼ぶほどにあれは恐ろしいものではなかった。
だったら自分は一体何に怯えているのだろう?
確かに最初は驚いてしまった。でも次第に懐かしさを覚えるようになり・・・そう、自分はあれを知っている。でも思い出せない。
ううん!思い出したくない!!
ク〜は必死にロイドに縋り付いた。
「助けて・・・お兄ちゃん、助けて!・・・怖いよ、なんだかすごく怖いよ。」
繰り返しそう泣き叫ぶク〜の頭を、ロイドの温かい手が優しく撫でて来る。
「大丈夫だ、俺がいる。」
「・・・お兄ちゃん?」
「どんな化け物が来たって平気だ。俺がお前を守ってやる。」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。だって俺はお前の兄貴だから。兄貴が弟を守るのは当然だろ?だから安心しろ。」
「お兄ちゃんっ!!」
ロイドは泣きながら再び縋り付いて来たク〜の体を優しく抱き返すと、虚空を見詰め心に誓った。
そうだとも。コレットも、お前も、守ってやれるのは俺しかいないんだ。
だからどんな事があっても、絶対に守ってやる!!
それから二人は、仲の良い本当の兄弟のように、一つのベットの中で寄り添って眠ったのだった。
翌日ク〜はノイシュの前に陣取り、ぼんやりと、昼食にとロイドが作っておいてくれたおにぎりを食べていた。
時刻は11時を回ったところ。ロイドは学校へ行っており、今家にいるのはク〜一人だけである。
朝、ロイドを送り出すと、ク〜は家の掃除を始めた。体を動かしていれば余計な事を考えずに済む。その内にロイドも帰って来るだろうと思ったのだ。しかし作業に慣れてしまったのか、思ったよりも早く終わってしまい、そうなると嫌でもあの夢を思い出してしまう。そこで少し早いが昼食にしようと、かと言って一人で家の中にいるのは怖いので、こうしてノイシュの所へ避難して来たのだった。
もちろんロイドはこうなる事を予想したのだろう、今日は学校を休んでもいいと言ってくれたのだが、それをク〜が断ったのだった。これ以上負担をかけたくなかった。帰ってくるまで自分が我慢すれば済む事だと思ったのだ。
でもやっぱり一人は寂しい・・・。
こんな気持ちになってしまったのも、あの夢の所為だ。
どうしてあんな夢を見てしまったんだろう・・・。
ノイシュを撫でていたク〜の手が止まった。その口から呟きが漏れる。
「・・・ク〜が悪い子だから?・・・だからあんな夢を見てしまったし、風呂敷仮面さんも来てくれないのかな?」
これでもク〜は一生懸命良い子になろうと努力してきたつもりだった。ここに来る間にも重い荷物を持って困っているお婆さんを助けてあげたし、1ガルドを拾って交番に届けたりもした。この家に来てからだって、いっぱいお手伝いをした。それなのにまだ足りないのだろうか?
もっと大きな事をしなくちゃ駄目なのかもしれない。
それで早く良い子になるんだ。
そうすればもう怖い夢を見る事もなくなるだろうし、風呂敷仮面さんも来てくれるに違いない。
「でも何をすればいいんだろう・・・」
考え込んでいるク〜の目がふと人間牧場の方へと向く。
“鬼がいるんだ。人をさらって来ては食っちまう、こわ〜い鬼がな。”
「そうか!あの鬼を退治すれば、もしかしたら・・・」
ク〜は決意の表情で立ちあがった。
「よ〜し、ク〜がやっつけてやる!」
「!!ワオ〜ンッ!」
この危ない決断に、ノイシュは慌てて警告を発するが、それはク〜には届かず・・・。
ク〜はそのまま物凄い勢いで人間牧場に向かって走り出て行ってしまったのだった。
−つづく−