エピローグ


 ク〜を無事デリス・カーラーンへと連れ帰った翌日、ユアンはいつものようにユグドラシルに苛められていた。
「これじゃあ駄目だよ、ユアン。この報告書の内容が記載されていないじゃないか。」
「…そんな書類初めて見るのだが?大体、今の今までそこの引き出しに入っていたものを記載できるわけがないではないか。」
「フン。私の部下だったら提出されてない書類の内容も把握していなければね。」
「そんなの無理に決まっているだろう!私は超能力者ではないっ!!」
「ホントお前ったら、ドジで馬鹿のくせに文句だけは一人前なんだね。まったく、役に立たないったらありゃしない。」
「……」

(このガキ、一発ぶん殴ってやろうか。)

 もう我慢も限界だと、ギュッと拳を握りしめるユアン。
 するとその時だった。
「ドジを苛めちゃダメ〜!!」
 ク〜が駆け込んでくると、ユアンを庇うように両手を広げ立ち塞がったのだ。
「ク、ク〜?」
 この突然の乱入に目を丸くするユグドラシル。だがすぐに笑みを浮かべると、
「ハハハ、別に苛めちゃいないさ。」
「嘘!」
「嘘ではない。それよりも仕事中はこの部屋に入って来てはいけないといつも言っているだろう?そら、部屋に戻って遊んでいなさい。」
「違うもん。ク〜だってお仕事なんだもん。ほら、ドジのお手伝いでパチパチしてきたの。」
 そう言って得意げにホッチキスで止めた書類の束を差し出してきたク〜を見て、ユグドラシルは首を傾げた。

 どうもおかしい。
 確かついこの間まで、ユアンはク〜のことを煩がり避けていた筈。それなのにいつから二人はこんなに仲良しになったというのだろうか?

 とにかくこのままで済ますつもりはなかった。ク〜が懐くのはこの私 ― ユグドラシルだけでいいのだ。ユアンはただの世話係に過ぎず、そこのところをきちっとわきまえさせねばならない。

 そう考えたユグドラシルは、自分の方がク〜に慕われているのだということをユアンに見せつける為、ク〜を引き寄せるとつくり笑顔で話しかけた。
「ところでク〜、昨日はどうしたのかな?ずっと待っていたんだよ。」
 しかし肝心のク〜はきょとんとした顔で、
「昨日?何かミ〜と約束してたっけ?」
「ハハハ。嫌だなあ、とぼけちゃって。昨日は父の日だったじゃないか。」
「うん、そうだね。昨日はパパの日だった。でも、それでどうしてミ〜がク〜のことを待つの?ミ〜には関係ないじゃない。」
 この冷たい言葉にあんぐりと口を開けて固まってしまうユグドラシル。

 彼の頭の中では、
『ごめんね、ミ〜。いっしょーけんめー作ったんだけど間に合わなかったの。はい、これ。』
『ほう。愛情こもった手作りのプレゼントか!なあに、一日ぐらい遅れたって構わんさ。』
『ほんと?』
『ああ、本当だとも。有難う、嬉しいよ。』
『大好きだよ、パパ!』
 と、くる筈だったのだが…。

 ク〜はそんな彼に更に追い打ちをかける。
「もしかしてミ〜、誰からもパパの日のプレゼントを貰えなかったの?いつも『私はこのデリス・カーラーンの父だ』なんて言って威張っていたのにね。」
「え……あ……」
「そっか。それじゃあ淋しかったでしょ。可哀相だからこれあげるね。残り物だけどク〜の手作りだよ。これ食べて元気出してね。」
 そう言ってク〜は、固まったままのユグドラシルの手の上に例のグミの入った箱を乗せると、ユアンの方へと向きを変え、
「ドジ〜、もうお仕事終わった?」
「え?…あ、ああ。」
「だったら遊ぼうよ。」
 と、しきりにユグドラシルの方を気にしているユアンの手を引っ張りながら、さっさと部屋から出て行ってしまったのだった。


 廊下に出ると、ク〜はにっこりとして言った。
「ねえ、ドジ。何して遊ぶ?」
「ん?…お前の好きなものでいいぞ。」
「ホント?ク〜ね、ボール遊びがいいな。」
「よし。では庭に行くとしようか。」
「わ〜い!」
 嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるようにして先を行くク〜の後を追いながら、閉じられたドアへチラリと目をやるユアン。

 ユグドラシルには少しばかり可哀相な気がするが、まあ、たまにはこんなこともいい薬になるだろう。

 そんなことを考えていると、ク〜の急かすような声が聞こえてくる。
「何やってんの、ドジ。早く行こうよ〜!」
「ああ分かった、分かった。今行くからそう急かすな。」
 ユアンは苦笑を浮かべると、ク〜に引っ張られるようにしてその場から立ち去って行ったのだった。

 それから数分後、部屋の中から『なんじゃこりゃ〜!』というユグドラシルの悲鳴が響き渡ったのだが、それは庭にいるユアン達まで届くことはなかった。
 そして、泡をふいて気絶しているユグドラシルが発見されたのは、更に一時間近くたってからのことだったと言う。




 その夜のこと、ユアンは自室の机にて新しいノートを前にしていた。
 これから毎日、ク〜の成長日記をつけていこうと考えたのである。これまでのことも思い出せる限り書きとめようと思っていた。
 これはク〜という子供が、確かに存在したという証。
 それをどこかに残しておくことが、やがては消えてしまう運命のク〜に対する、自分が出来る唯一つのことだと思ったのだ。
 ペンを取ると、過去の出来事を思い起こしながら一つ一つノートに書き込んで行くユアン。

 もちろん、この日記をクラトス自身が見ることは九割方ないだろう。
 それでも、もし…もしもそんな機会が訪れたなら、酒でも酌み交わしながらゆっくりと話して聞かせてやりたいと思う。

 鼻をチンとかんでやったことや、出来たてのスープをふうふうと冷ましてやったこと。
 こぼしたジュースを拭いたことも、寝小便をした布団を干してやったこともあった。

「その時、お前はどんな顔をするだろうな。」
 ユアンの顔にいたずらっ子のような笑みが浮かんだ。

 そして最後にこう言ってやるのだ。

『私はお前のパパでママだったのだよ。』 と…。


−ドジの子守唄 終−