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アルタミラ ―― この世界に住まう者なら誰しもが一度は行ってみたいと思う憧れの地。どちらかというと富裕層の観光客が多く、上品な雰囲気を漂わせている高級リゾート地である。
ところがその日は、なんとも場違いな声が響き渡り、その雰囲気を見事にぶち壊していた。
「そこの、はに〜たち〜、水着姿がきまってるね〜!どう?ク〜とお砂遊びしない?」
声の主は小さな男の子で、水着は着ておらず少々薄汚れた普段着姿。手には小さなシャベルとバケツを持っており、ちょっと見、近所の公園に砂遊びに来た下級層の子供といった様相だ。
振り返った『はに〜たち』は、その、他とは切り離されたかのような姿を見て興味を抱いたようだった。
キャッキャッと笑うと男の子に話しかけてくる。
「キャ〜、カワイイ!坊やいくつ?」
しばし考えた後、指を4本立てて見せるク〜。
「そう、4つなの。カワイイね〜。このビキニに目をつけるとは、坊やも見かけによらずなかなかのものだわ。これはね、有名デザイナーに作らせた特注品なのよ。うふふ。ホント、お金持ちで美しいというのも罪ね。なにしろこんな小さな子の目も釘付けにしてしまうのだから。さあ、とくとご覧あれ。坊やみたいな貧乏人にはめったに拝めない代物でしょうから。どう?素敵でしょう。」
そう言って自慢げにクネクネとポーズをとってみせる『はに〜たち』。
ク〜は小首を傾げると、『はに〜たち』に近付きお腹のあたりを覗きこんだ。
「うん、そうだね。ここからなんかボヨヨ〜ンってはみ出ているのがすてき。」
「キャ〜〜ッ!さわらないで、いやらしい!」
悲鳴を上げ慌てて、楽しそうにその『ボヨヨ〜ン』を突いていたク〜の手を振り払う『はに〜たち』。
だがそれぐらいで引っ込むク〜ではない。好奇心丸出しの顔で再びお腹を覗き込むと、
「ねぇ、これなあに?これも、とくちゅ〜ってやつなの?」
「だから触らないでって言ってるでしょ!!しつこいわね。これは贅肉よ!…って、何言わせるの!そんなのどうだっていいでしょ。ほっといてちょうだい。」
「ぜいにくってなあに?」
もちろん『はに〜たち』がク〜のこの問いに答えるわけもなく、代わりにギロリと睨み付けると、
「煩いガキね!……こんな変なの相手にしてないで行こうか?」
「そうね。行こう、行こう!」
「あれ?ク〜と遊ばないの?」
「誰があんたみたいなクソガキと遊ぶかっつ〜の!!」
怒り心頭に去っていく『はに〜たち』。
ク〜は何故『はに〜たち』が怒りだしたのか分からず、しばらくの間きょとんとした顔で見送っていたのだが、やがて肩をすくめるとこう言ったのだった。
「わがクドキも、まだみじゅくだということか〜。」
場所は移って、ここはゼロス邸。
腹を抱えて笑い転げるゼロスと、それを苦々しく見ているユアンがいた。
「笑い事ではないぞ!部屋にいないから探していればあんな所で…。顔から火が出る思いだった。即刻連れ帰ろうと思っても、泣くわ喚くわ、仕舞いには噛みついてくるで大変だったのだからな。大体、お前がク〜にナンパの方法を教えたのだろうが!」
「あれ〜、そうだったっけかねえ?」
「とぼけるな!ネタは割れているんだ!!」
そう言って、ク〜から取り上げたメモ書きを突き付けるユアン。
そこにはこう書いてあった。
俺様流ナンパ術三ヶ条
1.相手の事はハニーと呼ぶべし。
2.とにかく褒め殺しにするべし。褒める所がなかったら、取り敢えず服や持ち物を褒めておけばいいだろう。
3.相手の気持ちがこちらに傾いたなと思ったら、すかさず贈り物をするべし。そうすりゃ、もうイチコロよ♪
決め言葉(必ず言うべし)
成功時…我が口説き、誰にも見切れはしない
失敗時…我が口説きもまだ未熟ということか
「あちゃ〜、あいつ、そんなもん後生大事に持っていたんだ。」
「どうだ、言い逃れはできまい!!」
ゼロスは肩をすくめると、
「ああそうだよ。俺が教えたんだ。アルタミラのビーチを勧めたのも俺さ。あそこなら浮かれたのが多いし引っ掛けやすいだろ?それに高級リゾート地だからガラの悪いのもいないし、万一の時でもからまれる心配もない。これでもちゃんと考えているんだぜ。」
「だからと言って、何故あいつにナンパの仕方を伝授する必要がある?ただでさえあいつには手がかかって困っているのだ。これ以上厄介事を増やさないでもらいたいな。もし奴が元の姿に戻った時、今回の記憶がどこかに残っていたらどうする気だ!軟派野郎のクラトスなんて考えただけで寒気がする…。」
「そうかね?それはそれで面白いと……って、そんな怖い顔で睨みなさんな。ジョークだよ、ジョーク。いや実はさ、好きな人ができたんだけどどうしたらいいのかって相談されちまったのよ。そう言われちゃあ無碍にもできんでしょ。」
「あいつに好きな人が!?…しかしあいつはまだ4つだぞ?」
「何を驚いてんの。今時4歳で初恋って別に珍しくないでしょ。ちなみに俺様は10歳だった。相手はもちろん天使様。グフフフフ…♪」
(誰も聞いてね〜よ、そんな事…)
「……しかし相手は一体誰なのだ?どこかの変な女に引っ掛かったのではあるまいな。」
「おや〜?なんかすっかりク〜の親になりきっちゃってるね。今の発言、娘の男に敵意を燃やす父親って感じ。ああ、ク〜は男の子だから、息子の女に敵意を燃やす母親か。」
「!!わ、私は別に…」
ゼロスはむきになるユアンを見てくつくつと笑うと、
「いや冗談は兎も角、悪いけど俺は相手が誰かまでは知らない。ただ、森の近くで遊んでいたら知り合ったって言っていたな。」
「森?」
「気になる?」
「…べ、別に……」
「だったら尾行でもしてみれば?あんた結構、人の後つけ回すの得意でしょ。今の話だと予行練習は済んだようだし、たぶん明日あたり本番やるつもりなんじゃないかな。」
「本番を明日……」
そう呟いてしばし考えていたユアンだが、ニヤニヤ笑いながら自分を見ているゼロスに気付くと慌てて否定した。
「だ、だ、誰がそんな事をするか!……私はただお前に注意をしに来ただけだ。ク〜の心配など断じてしとらんぞ!!」
「ふ〜ん、そう。」
「いいな?これからはもう余計な真似をするんじゃないぞ!…で、では、邪魔をしたな。失礼する。」
赤面しながらそそくさと帰って行くユアン。
「あんなコト言って、実は心配なくせに。ホント面白い奴。ありゃあ明日、間違いなく尾行するね。」
ゼロスは再び腹を抱えて笑い出したのだった。
その翌日、案の定ク〜の後をつけるユアンの姿があった。一人では見失いそうでちょっと心配だったので無理矢理にボータを巻き込んでの尾行劇である。
今日のク〜はビーチには向かっていなかった。服装もどこから引っ張り出してきたのかちゃっかりと余所行きの服を着ているし、手には途中道端で摘んだ花を持っている。どうやらゼロスの予想通り、本番に挑む気のようだ。
あれだけの練習で、しかも失敗したくせに、口説きの極意を掴んだ気でいるのか。
なんておめでたい奴…。
子供の姿に変えられても恋愛音痴は変わらんな。これだから放っておけんのだ。
いざという時は自分が助けてやらねばと誓いのこぶしを握りしめるユアン。どうしたことか今日はやけに守役の使命感に燃えている。これでは丸っきりの親馬鹿である。
すると…。
「あの〜、ユアン様。失礼ながら、先程からユアン様の心の声らしきものが私の耳にもはっきりと聞こえてくるのですが…。おめでたい奴だとか、放っておけんとか…。」
「!!」
どうやら心の中で密かに考えていたつもりが、いつの間にか声に出して呟いていたようだ。
「何だかんだ言って、やっぱり心配なんですね。」
ニヤリと笑みを浮かべるボータを見てユアンは赤面した。
「ち、違うぞ!私はただ、あの恋愛音痴が好きになった女というのを一目見てみたいだけだ!!あいつが心配でついて来たなんて事は絶対にないんだからな!!」
「ほう、そうですか。」
「……って、お前がアホな事を言うから見失ってしまったではないか!!」
「いえ、ご心配なく。私がちゃんと見ていましたから。ク〜はあの小屋に入っていきましたよ。」
「小屋?」
ボータが指さす方を見てみれば、成程小屋がポツンと建っている。
ゼロスの言葉を思い出すユアン。
“森の近くで遊んでいたら知り合ったって言っていたな”
ここは救いの塔に近い。ク〜が遊んでいたとしても不思議はないし、森もあるからゼロスの話と符合する。目当ての女性はあの小屋に住んでいるとみてほぼ間違いないだろう。
しかし近くにはオゼットという村がある。それなのに何故その女性はこのような寂しい場所に一人で住んでいるのだろう。
導き出される答えは限られてくる。
相当な変わり者か、そうでなければ訳ありの女 ―― 例えば犯罪者とか…。
「!!」
益々心配になってしまったユアンは、急いで、でも気付かれないように細心の注意を払いながら小屋に走り寄ると窓から中を覗き見たのだった。
小屋の中ではそんなユアンには気付く事なく、コメディーが繰り広げられていた。
「なんじゃ、お前は。」
突然入って来たク〜を不審気に見詰める老人。
「こんにちは。僕、ク〜って言うの。」
「フン、それで?用がないのなら帰ってくれんか。わしゃ忙しいんじゃ。」
シッシッという仕草で追い出そうとする老人。どうも気難しい人物のようだ。
しかしク〜はそんな事は意に介さぬ様子で、テケテケと老人に近付いて行くとキラキラと目を輝かせながら言った。
「うわ〜、おじさん、立派なお鬚だね〜。」
「ん?そうか?……いや〜、わしのなどまだまだなんじゃが、これでも結構気を遣っているんじゃよ。朝晩のシャンプーは欠かせんしな。フォッフォッフォッ。」
「あとね〜、新聞紙をクシャクシャにしたような眉毛やお日様みたいな頭も素敵だよ。」
「!!…………それ、褒めているつもりか?」
「うん、もちろん。わがクドキ、誰にもみきれはしな〜い。」
「???」
わけが分からず首を傾げる老人。
一方、外ではユアンが驚愕の表情を浮かべていた。
「な、な、なんと!!クラトスが好きになった人物とはあの老人の事だったのか!?」
「んなわけないでしょう。」
「しかし現にプロポーズしているではないか!う〜む。奴は年上好みだったのだな。私には理解できん趣味だ。」
「あれのどこをどう見たらプロポーズにみえるのか……まったく、アホじゃねえの。」
「……何か言ったか、ボータ。」
「え?い、いえ、別に。あ、ほら、まだ話は続いています。聞き逃したら大変ですよ。」
「チッ、誤魔化しおって!」
ボータを睨み付けるユアン。
しかしやはり続きは気になるようで、再び視線を家の中へと戻した。
「しかしお主、なんか見覚えのある顔じゃのう。どこかで会ったかな?」
「ううん。おじさんみたいな面白い顔、ク〜、見るの初めてだよ。」
これには老人もさすがにカチンときたようだった。
テーブルを叩いて立ち上がると、しかめっ面を更にしかめて怒鳴りつける。
「え〜いっ!用がないならすぐに出ていけ!!わしゃあ忙しいんじゃ!クソガキの相手をしている暇などない!!」
泣く子も黙ると言われた大音声。これで追い払った悪ガキは数知れず。
老人は、どうだとばかりにク〜を見た。
ところがク〜は逃げるどころか、キョロキョロと家の中を見回し始め…。
「ねぇ、はに〜はどこ?」
「は?ハニー?」
「うん。緑の髪をしたお姉ちゃん。ク〜、おじちゃんじゃなくて、はに〜に用があるの。」
「緑髪?……もしかしてタバサの事か?あれに何の用が?」
老人の顔色が変わった。
胡散臭そうにク〜を見る。
「……お主、何者じゃ?」
「なにものってさっき言ったじゃない。僕、ク〜って言うの。」
「いやそうではなくて…。」
わしの勘違いなのだろうか?
しかしタバサの事を持ちだしてきたのがどうも気になる。
こんなアホ面のガキがまさかとは思うが、油断は禁物じゃ。
ク〜に気付かれないように金槌を手にする老人。
そしてそれをまさに振り上げようとしたその時だった。
「マスター、ただいま戻りまシた。」
「「!!」」
「タバ…」
「あ!はに〜〜〜!!」
何か言いかけた老人に先んじてタバサに駆け寄るク〜。
老人はあんぐりと口をあけたまま固まってしまう。
「あれ?ク〜サんではありまセんか。遊びに来てくれたのでスね。」
「うん。あのね、このお花をプレゼントしようと思って。」
「これを私に?とても綺麗なお花でスね。嬉シいです。ありがとうごザいまス。」
「エヘヘ…。」
ようやく我に返った老人は驚いたように二人の様子を眺める。
「なんじゃお前達、知り合いだったのか?」
「はい、マスター。この間、偶然に…。」
「うん。ク〜、この近くで遊んでいたら転んじゃって膝を擦りむいちゃったの。そうしたら、はに〜が助けてくれて、それでね、その後一緒に遊んでくれたの。」
「ふ〜ん。」
そう言えば先日やけに帰りが遅かった日があったなと思い出す老人。
本当に知り合いであるなら別段問題もない。
てっきり刺客だと思ってしまったが、どうやら勘違いだったようだ。
すっかり毒気を抜かれてしまった老人は、やれやれといった様子で奥へ引っ込むとお茶を飲み始める。
「ところでク〜サん。先程から私の事を『はに〜』と言っていまスが、ソれはどういう意味でスか?」
「あのね、男だったら好きな人のコトはそう呼ぶものなんだって、ゼロが言ってたの。ク〜、お姉ちゃんが大好きだから、それで、はに〜なの。」
「ソうなんでスか。ソれは嬉シいでス。私もク〜サんが大好きでス。」
「うわ〜い♪それじゃあ、ク〜達、りょ〜おもいってコトだね。」
老人は思わずお茶を噴き出してしまう。
それと同時に窓の外からバキッという物凄い音が…。
三人はハッとして同時に振り返ったが、しかし窓の外には何もなく…。
もちろんその音はユアンが立てたものである。
それなのに何故姿がなかったのか?
咄嗟に隠れたわけではない。実はこの時、ユアンは窓の下に倒れていたのだ。
と言うのも、この家は隠れ家的要素を持っているのか周りを木々で覆われている。それは窓の近くも同様で、これでは木が邪魔になってなんとも覗きにくい。そこでユアンは仕方なく頭上にある木の枝に手をかけ払い除けながら覗いていたのだった。
そこへこの『両想い』発言である。
まさかク〜の口からそのような言葉が飛び出すとは思いもしなかったユアンは、老人と同じく驚いてしまった。しかしあいにく彼はお茶を飲んでいなかったので噴き出すわけにはいかない。その代わりと言ってはなんだが、木の枝にかけていた手につい力が入り折ってしまい、それまでとっていた姿勢から当然折れたそれはユアンの頭上へと落下。ユアンはあえなく目を回してしまったというわけである。
幸い怪我は大した事なかったようで、ユアンはすぐに復活した。
「大丈夫ですか、ユアン様。」
「くっそ〜!クラトスの奴、やはりマーテルの事を狙っていたのだな。」
「え?…い、いや、それは違うのでは。だって今はク〜でしょう。初恋と言っても4歳の子供の事。恋愛と言うより憧れに近いものなのでは?」
「ク〜とはクラトスの潜在意識の現れなのだ。つまり4000年前、奴もマーテルに惚れていたという事だ。」
「そんな無茶苦茶な…。そういうのをこじつけと言うのですよ。大体、タバサと呼ばれていたあの器…あれはマーテル様ではないと以前ユアン様自身も仰っていたではないですか。」
「もちろんそうだ。だが顔は同じ。ク〜にしても幼くなっただけで、パーツは元のクラトスと同じなのだ。やはりどうしても二人がイチャイチャしている姿を想像してしまうではないか。」
「妄想ですか。」
「妄想ではない!そ・う・ぞ・う だっ!!」
うっかり大声を出してしまったユアンは、ハッとして口に手をやると恐る恐る耳を澄ます。
どうやら中の連中は気が付かなかったようで、ホッと胸をなで下ろした。
フ〜、危ない危ない。
しかし待てよ。あの器がこの家にいるという事は、もしかしてあのジジイはアルテスタという事か?
ふむ…道理でどこかで見た顔だと思った。まさかこんな所に隠れ住んでいたとはな。
まあ今となってはそんな事はもうどうでもいいのだが、問題は奴がクラトスの顔を知っているという事だ。奴がク〜の正体に気付いてしまったら余計にややこしい事態になりかねん。その前になんとかしてク〜を連れ戻す必要があるかもしれんな。
その機会を窺いつつ、ユアンは再び家の中へと意識を集中したのだった。
−つづく−