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家の中ではタバサがしきりに首を傾げていた。
「おかシいでスね。確かに音が聞こえたのでスが…。」
「きっとカラスさんが飛びたった音だったんだよ。」
「ソれにシては大きい音でシた。」
「きっとおデブなカラスさんだったんだよ。」
「ソうでショうか…。」
「うん、そうだよ。だって何も見えないじゃない。ねぇねぇそれよりク〜ね、お花の他に、はに〜にあげたいものがあるの。」
「このお花の他にでスか?ソれは何でショうか?」
「それはね〜 …エヘヘ〜… ジャ〜ン!これで〜す!!」
ク〜がポケットから得意げに、そして大事そうに取り出したそれは、シンプルな銀色の指輪だった。
「!!」
「驚いた?ゼロからケッコンを申し込む時は指輪をあげるんだって聞いて、はに〜にあげたいって思っていたんだ。」
再びお茶を噴き出してしまうアルテスタ。
「け、け、結婚じゃと!?」
「うん、そうだよ。だって好き同士は結婚するものなんでしょう?絵本にもそう書いてあったよ。」
「そ、そりゃあ…いや、しかし…」
「でもク〜にはそんなお金はないから買うコトはできないし。どうしようかと困っていたら、この間部屋の前の廊下にこれが置いてあるのを見付けたの。」
「……ソれは普通、落ちていたと言うのではないでスか?」
「え〜、違うよ〜。神様がク〜の願いを叶えてくれたんだよ。」
そう言いながらク〜はタバサの手をとると指輪を無理矢理はめ始め、
「ちょ、ちょっと、ク〜サん?」
それはまるであつらえたかのようにピッタリと指にはまったのだった。
「わ〜い♪ほら、やっぱり!ク〜ね、絵本で読んだコトあるよ。ガラスの靴がピッタリだった女の人が王子様とケッコンして幸せになるの〜。だからこれもそれと同じで、これははに〜の指輪で、ク〜がはに〜を幸せにするの。」
思わず顔を見合わせてしまうタバサとアルテスタ。
そして外ではユアンが再びひっくり返っていた。
慌てて胸に手をやるが、いつも触れていた筈の物はそこにはなく…。
「ユアン様、大丈夫ですか?」
「ん?……あ、ああ。」
「まさかあの指輪…」
「それ以上言うな!…頼むから言わないでくれ。」
「……」
まさか今の今まで落とした事にも気付かなかったとは、なんというマヌケなんだ、私は!
しかもそれをク〜が拾い、あの偽物の器にあげてしまうとは…。
すまない、マーテル……。
ユアンはしばらくの間愕然と立ち尽くしていたが、やがてくるりと踵をかえすとかすれた声でボータに言った。
「帰る…。」
「え?ちょっと、ユアン様?ク〜はどうするのです?」
トボトボと歩きだすユアンを慌てて追いかけるボータ。
ユアンにとって、もうク〜の事などどうでもよくなってしまっていた。
身から出た錆とは言え、これ以上あの二人のイチャイチャを見続けている事に耐えられなかったのだ。
マーテルとの唯一の繋がりであるあの指輪を失い、今のユアンは空っぽになってしまったのである。
一方、中の二人と言えば、タバサが指輪をはずしク〜の手に戻していた。
「スみまセんがク〜サん、やはりこれは受け取れまセん。」
ショックを受けた様子のク〜。
「え…どうして?だって、はに〜はさっきク〜のコトが好きだって言ってくれたじゃない。あれは嘘だったの?」
「いいえ。嘘ではありまセん。」
「だったら!」
「いいでスか、ク〜サん。これは置いてあったのではなく落ちていたのでス。落ちていたからには落とシた人がいる筈。きっとソの人は今頃必死になって探シているでショう。でスからこれは持ち主に返シてあげるべきでス。違いまスか?」
「違うよ!だってこれは神様がク〜にくれたんだもん。だからク〜のものだもん!」
「ク〜サん…。」
「あ〜、分かった!そんなコト言って、はに〜はホントは受け取るのが嫌なだけなんだ。ホントはク〜のコトが嫌いなんだ!」
「ソれは違いまス。私は…」
「はに〜の嘘つき!せっかく喜んでくれると思っていたのに……うわあああ〜〜ん!!」
大音響で泣き出すク〜。
タバサとアルテスタはあれやこれやとなんとか宥めようとしたが、ク〜は全く泣き止む様子はなく…。
その超音波の如き泣き声は付近の山々を震わし続けたのだった。
それから3時間後…。
「やれやれ、ようやく泣きやんだか。」
「はい。泣き疲れて眠ってシまったようでスね。……あの、マスター。今日はもう日も暮れまスから、この子を泊めてもいいでスか?」
「うむ。それは仕方がないが……しかし親御さんが心配せんかの?」
「そうでスね。でもク〜サんがどこに住んでいるのか、私は知りません。」
考え込んでしまう二人。
どちらにしてもこの家には通信機などなく、たとえク〜の家を知っていたとしてもすぐに連絡というわけにはいかなかっただろう。かと言って今から送って行こうにも、辺りも暗くなり始めたこの時間、モンスターも凶暴化しているだろうし、老人と少女だけの護衛では心許無い。
「う〜む。……心配しているであろう親御さんには悪いと思うが、やはり今日のところはうちに泊めて、明日お詫びに伺うしかないじゃろうな。」
「ええ、そうでスね。それでは明日私が送って行ってお詫びしてまいりまス。」
「そうじゃな。すまんが、そうしてくれるか。」
「はい、承知シまシた。」
タバサはアルテスタに頭を下げると、眠っているク〜を抱え上げ寝室へ向かった。そしてベッドへ寝かしつけると電気を消し、起こさぬようそっと出て行こうとする。
と、その時である。
「はに〜。」
聞こえてきた小さな声に振り返ってみれば、ク〜がじっとこちらを見ており…。
「あ、スみまセん。起こシてシまいまシたか。」
「ううん。…………あのね、考えたんだけど…。」
「え?」
「ク〜、やっぱりあの指輪返すコトにした。はに〜が言ったように、持ち主が困っていたらかわいそうだもんね。」
「ク〜サん…。」
「でも落とした人が誰だか分からないの。聞いて回ったりしたら、もしかしたら迷惑かけちゃうかもしれないし…。どうしたらいいのかな?」
「ソれなら元の場所にソっと戻シておいたらどうでスか?また探シにくるかもシれまセん。」
このタバサの提案にようやく笑顔を浮かべるク〜。
「そうだね!それがいいね!ク〜、帰ったら早速置いておくよ。」
「ええ。ゼひ、そうシてくだサい。」
「それから、あの……はに〜、さっきは酷いコト言ってごめんね。」
「いいえ。分かってくれればいいでス。ク〜サんはいい子でスね。」
タバサは優しくク〜の頭を撫でると布団をかけなおした。
「…サあ、もう寝たほうがいいでス。お家の方には連絡できまセんでシたが、明日私が一緒に行って謝りまスから心配シないで下サいね。」
「それなら大丈夫だよ。こういうコト、初めてじゃないから。」
「ソうなのでスか?…でも…」
「大丈夫だったら。もし怒っていたとしても、ク〜、ちゃんと一人で謝れるし。……それより、今日ははに〜と一緒に寝たいな。だって明日はもうお別れでしょ。だから…。駄目かな?」
「甘えん坊サんでスね。」
そう言いながらも布団の中に入ってくるタバサを見て、ク〜は安心したような笑みを浮かべた。
「ねえ、はに〜。……また遊びに来てもいい?」
「もちろんでス。いつでも大歓迎でスよ。」
「ホント?…うわ〜い!」
先刻の件があった以上てっきり断られると思っていたク〜は、喜び勇んでタバサに抱きついた。
ところが…。
「あれ?……なんだか、はに〜の体って固いね。」
「!!」
「おうちではたまにドジが一緒に寝てくれるんだけど、ドジはフニフニしていて気持ちいいんだ。でもはに〜は……どうしてかな?」
ク〜の疑問にすぐには答えられず目を泳がすタバサ。
だがしばらくして僅かに目を伏せると小さな声で言った。
「ソれは私が人間ではないからでス。」
「え?」
「…私はマスターによって作られた人形なのでス。ソれがク〜サんの指輪を受け取れなかったもう一つの理由でス。私には感情というものがありまセん。でスからどなたとも結婚なんてできないのでス。」
「……」
「スみまセん。騙スつもりはなかったのでス。なかなか言う機会がなかったので…。」
そう言って布団から出ようとするタバサ。
しかしク〜はそうさせまいとするかのように殊更しがみついてきた。
「ク〜サん?私がいては寝にくいでショう。ですから…」
「ううん。全然平気だよ。だからここにいて。……だって、はに〜は温かいから。ドジのようにフニフニはしていないけど、とても優しくて温かくてこうしていると安心できるの。」
「……」
「…それに、はに〜は自分には感情がないって言ったけど、そんなコトない。お花をプレゼントした時とても嬉しそうだったし、ク〜が我儘言った時はとても悲しそうだった。指輪のコトにしても、はに〜はすぐに落とした人のコトを考えていたじゃない。はに〜はとっても優しい人だよ。ク〜には分かるもん。だからク〜ははに〜のコトが好きになったんだもん。」
タバサは自分の事を一生懸命に擁護してくれているク〜を黙ってじっと見詰めていたのだが、やがてク〜の体をしっかりと抱き返すと言った。
「…有難うごザいまス。ク〜サん。」
いつもと変わらない抑揚のない声。
だがク〜の耳はその奥にある喜びを確かに感じ取っていた。そして彼女が涙を流しているような気がしたのだった。
「大好きだよ、はに〜。」
「私もク〜サんが大好きでス。」
しっかりと寄り添う二人。
そして二人はそのまま眠りへと落ちていったのだった。
その夜、満天の星の中、一筋の光がアルテスタ家の上に降りてきた。
その光はそのままク〜達が眠る寝室へと向かうと、仲良く抱き合って眠っている二人の体を、まるで見守るかのように夜が明けるまでずっと優しく包み込んでいたのだった。
もちろんク〜達がそれに気付く事はなかったのだが…。
翌朝、大いなる実りの間に足を踏み入れるユアンの姿があった。
ここにはもう二度と来ないつもりでいた。
だがどうしても一言、指輪の事をマーテルに詫びたかったのだ。
部屋の中央まで来ると大いなる実りを悲しげに見上げるユアン。
するとそこへ声をかけてきた者がいる。
「ドジ…。」
「!!ク〜?何故ここへ?ここには来てはいけないと言われているだろう。」
「ごめんなさい。でもドジが入って行くのが見えたから…。」
「何か私に用なのか?」
「うん。…あのね、ドジにこれを早く返したかったの。」
そう言いながらク〜が取り出してきたのは、まごうかた無きあの銀色の指輪だった。
目を見開くユアン。
何故これをまだク〜が持っているのか分からなかった。
昨日あの器にあげてしまったのではなかったのか?
ユアンはすっかり混乱してしまう。
「これ、ドジの指輪なんでしょ。ク〜の部屋の前に落ちてたの。」
「…何故……これが私のものだと分かったのだ?」
「うん。最初はク〜も分からなかったよ。でもね、昨日緑色の髪のお姉さんが夢に出てきたの。」
「え?」
「はに〜にそっくりな人。でもはに〜じゃないって話している内に分かった。その人が指輪はドジのだから返してあげてって言ったの。」
「!!」
ハッとして大いなる実りを見上げるユアン。
まさか君なのか?
マーテル、君がク〜の夢の中に?
ユアンは視線を戻すと、震える手で指輪を受け取り胸に押し抱いた。
「ああそうだ……これは私の指輪だ。」
彼女との愛の証。
唯一つ残された彼女との絆。
もう二度と自分の手には戻らないと思っていたのに…。
「……拾ってくれて有難う。」
「よかった〜。」
ニッコリと笑うク〜。
「はに〜が言った通りだった。」
「!?…あの器が何か言ったのか?」
「え?うつわ?」
「あ…い、いや、お前の言うそのハニーとやらが何か言ったのか?」
「うん。あのね、ホントはク〜、その指輪をはに〜にプレゼントしようとしたんだけど、それは受け取れないって言われたの。落とした人は困っているだろうから返してあげなきゃ駄目だって。」
「!!あの器が…い、いや、お前のハニーがそんな事を?」
「うん、そうだよ。最初はク〜、返すのなんて嫌だったんだけど、でも言う通りにしてよかった〜。今のドジ見てそう思ったの。」
複雑な表情を浮かべるユアン。
あの人形が他人への思い遣りをみせたなど、到底信じられる事ではなかった。
しかしよく考えてみれば、あれは本来マーテルの器として作られたもの。たまたま彼女のマナを受け入れられずに壊れてしまったが、あれのモデルがマーテルである事に変わりはないのだ。再び命を吹き込まれよみがえった時、マーテルの優しさが受け継がれていたとしてもおかしくはないのではないか?
そう、絶対にあり得ないとは断言できない。
元々この世の中、不思議な事だらけなのだから。
「そうだ!あの夢のお姉ちゃんにもお礼を言わなくちゃ。また会えるかな?」
「…ああ。きっとまた夢に出てきてくれるさ。もしかしたらもうお前の感謝の気持ちは受け取ってくれているかもしれない。」
「そうかな?だったらいいな。」
「ではそろそろ部屋に戻ろうか。もたもたしていたら、ここに来た事をユグドラシルに知られてしまうかもしれない。そうなったら確実にお仕置きだ。」
「え〜!ク〜、お仕置きは嫌だよ〜。」
「なら、とっとと行くぞ。」
「は〜い。」
先を行くユアンに続き歩き出すク〜。
だが2、3歩行ったところでその足が止まった。不思議そうに振り返ると大いなる実りを見上げる。
誰かが自分に語りかけてきたような気がしたのだ。
だがいくら目を凝らしてもそこに変わった様子は見られず、声も再び聞こえてくる事はなかった。
「……あれ?勘違いだったのかな?」
「おいク〜、どうした?先に行っちまうぞ。」
「!!ええ〜っ、待ってよ〜。」
慌ててユアンの後を追って行くク〜。
閉じられる扉。
それから少しして暗闇の中に淡い光が浮き上がってきた。
同時に微かに聞こえてくる声。
“クラトス……どうかユアンを、ミトスを、お願いね…私の代わりにあの二人を……”
光は何度か点滅を繰り返して消えていった。
そして部屋は再び闇に包まれ、元の静寂を取り戻したのだった。
一人の女性の悲しいまでの願いを残して…。
−ドジの子守唄2 終−