止まった“時”


 私は一体何者なのだろう。
 子供の体で、中身は大人…。
 気が付いたら、父も妹もいなくなっていた。
 皆、私の事を厄病神だと、呪われた者だと言う。
 私は存在していてはいけないのだろうか。
 そもそも、止まってしまった時間の中で、この先生き続ける意味があるのだろうか。

 そんな事を考えていた時、私はあの人に出会った。




 その人――クラトスは、いきなり自分達の前に現れた。
 いきり立つロイドを軽くあしらうと、クラトスはプレセアに用があると言って彼女に近付いて来たのだった。
「神木はオゼット周辺にしかないと聞くが、それでは神木はもうこの世界に存在しないという事になるな。」
 ロイド達はこのクラトスという人物に警戒心を示しているようだったが、プレセアには、どうしてもこの男が悪人とは思えなかったのである。静かな声で、真っ直ぐに自分を見つめてくる真剣な鳶色の瞳を見ている内に、何故かそう思えてきたのだった。そこで彼女は、言葉を選びながらもこう答えたのであった。
「…先日教会に奉納したものがあります。それが最後のものになるかと。」
「教会か……この際仕方ないな。」
 クラトスは目で彼女に感謝の意を示すと、踵を返した。
「待てよっ!なんでクルシスが神木なんて探しているんだよ!」
「お前達には関係のない事だ。」
 更に噛み付いてくるロイドをチラリと見てそう答えると、クラトスは今度こそ立ち去って行ったのだった。
「くっそー。あいつ、何を企んでいるんだ。」
 その背を睨みつけながら悔しそうに吐き捨てるロイド。
「ロイド、彼のやる事も気になるけれど、私達にはそれよりも先にやらなければならない事があるでしょう。行きましょう。」
「…分かったよ、先生。」
 リフィルのたしなめる声に、ロイドは渋々と頷くと再び歩き出したのだった。そんな彼等の後に続きながら、プレセアはクラトスが去って行った方を振り返った。

(あの人は、もしかして……)

 もう一度あの人に会いたい。そして是非とも聞いてみたい事がある。
 プレセアは、敵であるはずのあのクラトスという男の事が何故か気になって仕方がなかったのだった。



 そのしばらく後、プレセアは一人オゼットへと向かっていた。自由行動となった時間を使って父親の墓参りをしたいと思ったからだったのだが、そこで意外な人物の姿を見付けたのだった。
 それはクラトスだった。彼はプレセアの家の前に佇み、じっと焼け落ちた村を眺めていた。彼の立っているすぐ傍に父親の墓がある。そこに真新しい花が供えられているのを目にしたプレセアは、意を決して彼に近付いて行った。
 クラトスは直ぐに彼女の気配に気付き振り返ってきた。少々驚いた表情を浮かべたものの、立ち去る様子はない。
「……一人か?」
「はい。みんなはミズホにいます。私は父の墓参りをしようと思って来ました。」
「そうか…」
 クラトスは目を伏せると脇に退いて彼女の為の場所を作った。
「…このお花、クラトスさんが?」
「迷惑だったか?敵である私のものが嫌だったら捨ててもらっても構わん。」
「いえ、嬉しいです…。有難うございます。」
 笑顔を浮かべようとしたがうまく出来なかった。長い間感情を失っていた彼女は、まだ喜びを表現出来なかったのである。
 そんなプレセアを複雑な表情で見ているクラトス。
 プレセアは墓前に手を合わせると、立ち上がりクラトスを見上げた。
「私を憎んでいるのだろうな。」
「え?……」
 意外な言葉を口にし頭を下げてきたクラトスに、プレセアは目を丸くした。
「私達の所為でお前は大切な時間を、そして家族を失ってしまった。謝られた所でそれらの大切のものは戻りはしない。しかし、それでも一言詫びたかった。私の単なる自己満足かもしれないが。」
「…憎んでいないと言ったら嘘になるかもしれません。」
 プレセアは父親の墓に目をやりながら呟いた。
「でも、その憎しみは決してあなた一人に向けるべきものではないと思っています。それに私はどうしてもあなたを憎む事が出来ません。現にクラトスさんはこうして父の墓を参ってくれました。それだけでもう充分です。あなたも苦しんでいたのでしょう?」
 プレセアはクラトスに目を戻した。
「今まで何度もクラトスさんは私達の前に敵として現れました。それでも憎い敵だとは思えなかった。もしかしたらこの人は私達をどこかへ導こうとしているのではないか…私にはそう思えてならなかったのですが。」
「…それは買い被り過ぎだ。」
 呟くようにそう言って立ち去ろうとするクラトスに、プレセアは更に言葉を重ねた。
「あなたは一体、ロイドさんのなんなのですか?」
 クラトスは足を止め振り返った。
「……それはどういう意味だ?」
 今までどんな時でも表情を変えなかったこの男が僅かに動揺の色を見せたのを見て、プレセアは確信した。

(やはり、この人は…)

「今までクラトスさんはロイドさんと会う度に冷たく接していましたが、私にはそんな中にも優しさが感じられたのです。この人はロイドさんを大切に思っている…守ろうとしているのではないかって。」
「勘違いも甚だしいな。私はクルシスの天使であり、お前達とは敵なのだ。」
「何故隠そうとするのですか。ロイドさんだって真実が知りたいと思っている筈です。」
「世の中には知らない方がいい事もある…。余計な詮索はしない事だ。命を落とす事になるぞ。」
「…ロイドさんを守る為?だから何も言おうとしないのですか?」
「……」
「それでも、人というものは何かを言ってもらいたいものなのだと思います。ただ一言でもいい。それで不安を取り除く事ができるんです。あなたが度々目の前に現れる事で、ロイドさんは混乱しています。敵だという思いと信じたいという思いの中で揺れ動いている。ロイドさんを大切に思っているのなら、もうこれ以上彼を惑わせないで下さい。たった一言でいいんです。ロイドさんが安心できる言葉を投げ掛けてあげて下さい。」
 クラトスは訴えるように自分を見上げてくるプレセアを、まじまじと見た。
「……もしかして、言葉を掛けて欲しいのはロイドではなくお前自身なのではないか?」
「え?……私が?……」
 クラトスの意外な言葉に、プレセアは目を見開いた。しばらく固まったようにクラトスを見上げていた彼女は、やがてポツリポツリと話しだした。
「そうかもしれない。私、時々分からなくなるんです。自分が時を止めていた間にも世の中は大きく動いていた。私一人が取り残されてしまったように思えて…。村のみんなは私の事を化け物だといいます。村が焼け落ちた事で厄病神とまで言われました。そんな言葉を聞いている内に、なんだか自分は存在していてはいけないような気がしてきて…。もちろんロイドさん達は私をそんな目で見てはきません。仲間として接してくれています。ですが、私はロイドさん達とは違うのだって、ずっとそう思えて仕方がありませんでした。彼等の中にいても、いつも孤独感を拭い去る事が出来ないでいたのです。そんな時にクラトスさんに会ったんです。もしかしたら、あなたなら…同じように時間を止めて生きている、天使という存在であるあなたなら、こんな気持も分かってもらえるのではと思ったのかもしれません。」
 プレセアはクラトスに助けを乞うような視線を向けた。
「教えて下さい。私は一体何者なんですか。私はこれからどうしていけばいいんでしょうか。」
「…お前をそのようにしてしまったのは我々だ。全ての非は私達にあるのかもしれない。だが、それでも私はお前に何も教える事はできぬ。何故ならその答えはお前自身が見付ける必要があるからだ。どんな事情があるにせよ、自分の人生は自分自身で切り開いていかなければ意味はない。」
 プレセアは俯いた。
 そんなプレセアに、クラトスは更に言葉を継いだ。
「ただ一つだけ言っておきたい事がある。…お前は私と同じなどではない。お前は人間で私は天使。全く違う生き物なのだ。もうお前は一人ではない。ロイド達仲間が共にいるのだ。もっと自分を、そして仲間を信じる事だ。彼等に心を開いていけば、自ずとお前が求めている答えも得る事が出来るはずだ。」
 表情を変える事なく淡々とした口調で話しかけてくるクラトス。
 だがプレセアは、そんな彼の中に確かに優しさを感じたのだった。
 するとそこへ、
「プレセア〜〜!」
 ロイド達が手を振りながら、こちらに向かってくるのが見えた。
「お前の仲間が迎えにきたようだ。私は退散するとしよう。」
 羽を広げ飛び去って行くクラトス。
 程なくして、去って行く天使の姿を見送っていたプレセアの元にロイド達が駆け寄って来た。
「なかなか帰ってこないから心配したよ。……今一緒にいたのクラトスだよな?あいつに何かされたのか?」
 心配そうに自分を見ながら騒ぎ立てるロイド達を前にしている内に、プレセアは何か熱い思いが湧き上がってくるのを感じた。その顔に微かながら笑みが浮かんでくる。

(これが嬉しいという事なのだろうか。)

 生じてきた思いに戸惑いを覚えるプレセアの脳裏に、クラトスの言葉が浮かんで来た。

 “もうお前は一人ではない。ロイド達仲間が共にいるのだ。”

 あの人の言う通りかもしれない。私は一人じゃない。こんなにも頼もしい仲間達が共にいるじゃないか。この人達と一緒にいれば、いつか、私が求めている答えである『自分自身』を見付ける事ができるかもしれない。

「いいえ、何も…何もされていません。」
 プレセアは笑顔を浮かべたままで頭を振ると、そう答えた。そして、微かではあったが笑顔を浮かべた自分を、嬉しそうに見ているロイド達を眩しげに見上げたのだった。




 それから、ロイド達一行は様々な苦難に遭遇した。それでも、皆で力を合わせそれらを乗り切ってきた。そして今、ロイド達は最終決戦に臨むべくデリスカーラーンへと向かっている。
 その途中、一行は水辺の近くで一旦休憩を取る事にした。
 決戦に備えて武具の点検をしている者、体を休めている者など、それぞれに休憩時間を過ごしている中、プレセアはクラトスの元へ向かった。以前は敵であった彼も、今では仲間として共に旅をしている。
 隅にある大木に背を預け瞑想していたクラトスは、近付いてくるプレセアの気配に気付いて目を開いた。
「どうしたのだ。これから先は、いつ休憩など取れるか分からんのだから休める時に休んでおいた方がいい。」
「この間の答え…まだ見付かっていません。」
 プレセアがいきなり投げ掛けてきた言葉に、クラトスは目を丸くした。
「自分がこれからどのように生きて行けばいいのか、まだ分かりません。でも、あの日、クラトスさんに言われて気付く事が出来たんです。私は一人じゃないんだって。今の私には、私の事を気遣ってくれる沢山の仲間がいる。焦る事はない。この人達と一緒にゆっくりと探して行けばいいんじゃないかって、そう思えるようになりました。」
 クラトスは、笑顔でそう言うプレセアをしばらくの間眺めていたが、やがてフッと笑みをこぼした。
「そうだな。焦る必要などない。すぐに見付ける必要などないんだ。この先お前にはたっぷりと時間がある。お前の“時”は、まだ動き出したばかりなのだから。」
「クラトスさんも同じですね。」
「えっ?」
「クラトスさんも同じなんです。クラトスさんの“時”も、ロイドさんと出会う事で動き出した。そうでしょう?今は私達の仲間です。クラトスさんだって一人じゃないんですよ。」
「……仲間…。いや、しかし私は…」
 “仲間ではない”とクラトスが言葉を発しようとしたその時、二人の背後からロイドの声が聞こえてきた。

「お〜い、二人とも何やっているんだよ。リーガルが軽い食事を作ってくれたんだぜ。早く来ないと食べちまうぞ〜!」

 大声で呼びかけてくるロイドの声に、二人は思わず顔を見合わせた。
 クスリと笑うプレセア。
「仲間でもない人に、あんな風に声を掛けてくると思いますか?クラトスさんはもう私達の仲間なんですよ。」
「……」
「いつかお礼が言いたいと思っていました。あの日のクラトスさんの言葉がなかったら、私は未だ闇の中を彷徨っていたかもしれません。あなたは、私が立ち直るきっかけを与えてくれたんです。嬉しかった…。未だ私は感情というものがどういうものなのか分かっていません。でも、あの日、突如として湧き上がってきた思い…その思いこそが、たぶん『嬉しい』って事なんだって気付いたんです。」

「早く来いよ〜!本当に食べちまうぞ!」

 再度聞こえてきたロイドの声に、プレセアは、未だ立ち尽くしているクラトスを振り返った。
「行きましょう、クラトスさん。そして、失った“自分自身”を見付け出しましょう。あの素晴らしい仲間たちと共に…」
 クラトスは、そう言って手を差し出してきたプレセアの輝くような笑顔を呆然と眺めていたが、やがてしっかりとその手を握り返した。
 そして二人は、動き出した時の中、目の前の一本の道をゆっくりと歩き出して行ったのだった。
 新たな自分探しの旅へと…。
 その道標となる大切な仲間達の元へ向かって…。


−止まった“時” 終−