約束
クラトスは、ヴェントヘイムにある自室に戻ってくると、疲れきった様子でソファーにその身を沈めた。
たった今、彼は、ミトスが抱く千年王国の構想をめぐり対立してきたのだった。その脳裏に先程のユグドラシルから言われた言葉が蘇ってくる。
“よもや私を裏切ったりはしないよね?お前だってあの日交わした約束の事は覚えているだろう?私達はずっと一緒なんだ。これからもずっと…。そうだろう?クラトス。”
ぼんやりとした目が、傍らのテーブルの上に置かれている小さな木彫りの人形の上にとまる。それを手にとったクラトスの顔に薄らと笑みが浮かんだ。あの日、少年が慣れない手つきで作ってくれた人形…。
ああ、覚えているよ、ミトス。
あの日の事は…あの日お前と交わしたあの約束は、今でもはっきりと覚えている。
今思えば、あの時が、お前にとっても、そして私にとっても一番幸せな時だったのかもしれない……
当時、ミトス、マーテル、ユアン、クラトスの四人は、長引いている戦争を終結させる為、そして理想の世界を作り上げる為に旅を続けていた。
それは過酷な旅であった。誰一人として、世界中の国々を一つ一つ戦を止めるよう根気よく説得して回っている彼等を理解してくれる者などなく、それどころか、どこへ行っても、あいつ等は気違いだと罵られ嘲笑われていた。時には石を投げつけられる事さえあった。四人の内三人はハーフエルフ。唯でさえ人間達からの迫害を受けている身であった彼等の声に耳を傾ける者などいなかったのである。今では彼等を泊めてくれる村もなくなってしまい、四人は完全に孤立してしまっていた。それでも四人は、それらの中傷に屈する事無く、諦めずに真っ直ぐに前を見詰め歩み続けていたのであった。
今四人は、西国で起きている紛争を止めるべくその地へ向かって旅をしていた。そこへ行く為には、迷いの森と呼ばれている難所を通って行かねばならず、その前に一旦、綺麗な湖の傍でキャンプを張って体を休める事にしたのであった。四人とも、ここ数日の強行軍で疲れ切っており、このまま進み続ける事は、クラトスやユアンはともかく、女子供であるマーテルやミトスには無理だと判断しての事だった。
「すまないな、マーテル。本当なら宿屋の柔らかいベッドで休ませてやりたいところなのだが…」
「気にしないで。ここはマナがとても澄んでいて綺麗な所だわ。私達ハーフエルにとっては何よりの休息場所よ。」
マーテルは、済まなそうに目を伏せるクラトスに笑顔を向けて来た。そこには無理をしている様子は微塵も感じられない。
「そうか…それならいいのだが。」
クラトスも彼女の笑顔につられて自然に笑顔が浮かんでくる。
マーテルのこの笑顔は、過酷な旅を続けるパーティにとって心を癒してくれる清涼剤となっていた。彼女はまさに聖母と呼ぶに相応しい女性であった。
「ところでミトスの姿が見えないようだが?」
「あの子、ここの所、毎日どこかへ出かけているようなの。何かいいものでも見付けたのかしらね。最近とても楽しそうなのよ。」
「危険な事をしているのでなければ別にいいのだが…」
「心配しなくても大丈夫だと思うわ。あの子、ああ見えてしっかりとした子だから。私達の置かれている立場も十分承知している筈だし。」
「そうだな。……では私は食料を手に入れてくる。ユアンも出かけているし一人になってしまうが大丈夫か?一応、魔物避けの香は焚いておいたのだが。」
「大丈夫よ。もし魔物が出たとしても私だって戦えるもの。しっかりと留守番しているから安心して。」
「なるべく早く戻るようにするから。」
こうしてクラトスは、マーテルの笑顔に見送られ、食糧調達の為に近くの村へと向かったのであった。
そんなクラトスが村に着いた時の事だった。近くを流れている小川の方から、子供達の弾むような笑い声が聞こえてきた。その中に、聞き覚えのある声を耳にしたクラトスは、怪訝そうにそちらへと目を向けたのだった。
そこにいたのは二人の男の子と一人の小さな女の子だった。男の子の一人はその小さな女の子の兄らしく、何かと面倒を見ている。そして、クラトスは何の気なしに残るもう一人の男の子へと目をやったのだが、その途端顔を強張らせた。
(あれは…まさかミトス!?)
そう、それはミトスであった。ミトスは普段自分たちには見せた事のないような笑顔を浮かべ楽しそうに遊んでいる。そこにいるのは、世界を救うべく旅を続けているあのミトスではなく、本当にどこにでもいるような普通の少年であった。
「……」
クラトスは、渋い表情でしばらくその様子を眺めていたが、やがてゆっくりと少年達の方へと歩み寄って行ったのだった。
「離してよ、クラトス!痛いじゃないか!!」
小さく歌を口ずさみながら湖の輝きを眺めていたマーテルは、ミトスの叫び声を聞き付け、驚いて振り返った。
暴れているミトスを引き摺る様にして、クラトスがこちらへ歩いてくる。その顔は何故か険しくなっており、ミトスを引き摺る仕草も乱暴であった。普段の彼からは想像出来ないその様子に、マーテルはすぐに立ち上がると二人に駆け寄って行った。
「クラトス!一体どうしたというの?」
ミトスはクラトスの手を振りほどくと、マーテルに駆け寄り抱きついてきた。その顔は今にも泣きそうに歪んでいる。
「姉さま、クラトスったら酷いんだ。いきなりやって来たと思ったら乱暴に僕を…」
「お前が聞分けがないからだろう。もうあそこには行くんじゃないぞ。分かったな?」
「クラトス待って。一体何があったの?」
クラトスは、彼には珍しく興奮した様子でマーテルを見た。
「ミトスの奴、村の子供たちと遊んでいたのだ。」
「え?……」
マーテルは思わずミトスに目を落とした。
「何がいけないっていうのさ!トムもジェーンも、僕にとっては始めてできた同年代の人間の友達なんだ。それなのに…」
「……その子たちは、ミトスがハーフエルだと知っているの?」
「全部話したよ。二人は僕がハーフエルフだと知っても偏見の目で見たりしなかった。それどころか一緒に遊んでくれたんだ。」
「知っているのなら尚更だ。もう彼等には近付かない方がいい。」
「どうしてさっ!!僕は何も悪い事なんてしていない。どうして怒られなきゃならないんだよ。」
「お前は私達が置かれている状況を十分分かっていると思っていたのだがな。」
「分かっているよ。でも、彼等は他の人間達とは違う。僕の大切な友達なんだ。……そうか、分かったぞ。クラトスは焼きもちを焼いているんだろう。僕に新しい友達が出来たものだから、それで…」
クラトスはいきなりミトスの頬を叩いた。頬に手をやり目を見開くミトス。
「姉さまにだって叩かれた事はないのに……」
クラトスはしばしそんなミトスを見詰めていたが、やがて、
「……勝手にしろ。」
呟くようにそう言うと、踵を返して湖の方へと行ってしまった。
「僕が何をしたっていうのさ!クラトスなんて大っ嫌いだ!!」
ミトスも、去って行くクラトスに向かって怒鳴り散らすと、自分のテントへと走って行ってしまう。
マーテルは二人の間で、オロオロとするばかりであった。
そこへ…
「お〜い、何の騒ぎだ?」
「ユアン!!」
救いの神だと言わんばかりにユアンに駆け寄るマーテル。
「実はね…」
マーテルは今あった事を事細やかにユアンに報告するのだった。
ユアンがクラトスを探しに湖のほとりへとやってくると、彼は岩に腰を下ろしてぼんやりと湖面を見詰めていた。
ユアンは、小さく溜息をつくと彼に近付いて行き、のんびりとした調子で話しかけた。
「聞いたぞ。ミトスとやりあったんだって?」
クラトスは相変わらず湖面を見詰めたままで、ポツリと言った。
「…あいつは分かっていない。」
「え?」
「種族間の憎しみはそう簡単に拭い去れるものではない。相手を信用しきるにはまだ早過ぎるのだ。」
「だが相手は子供だろう?」
「だからこそ怖いのだ。まだ真っ白な状態である子供の心は、周りの大人達によっていくらでもその色を変えて行ってしまう。私は今まで、それで散々煮え湯を飲まされてきた。」
「……」
「あの子供達は、家に帰ったら、今日のミトスとの事を何の気もなしに大人達に話すだろう。もちろんミトスがハーフエルフである事も全て…。あの子達に悪気はない。ただ、今日あった楽しい出来事を大人達に話したいだけなのだ。だが、それを聞いた大人達はどう思うだろう。あの村も多分にもれずハーフエルフに対する偏見の強い村だ。これ以上あの子達がミトスに関わる事を許す筈がない。」
クラトスはそこで言葉を切るとユアンを見上げて来た。その目は真剣で、どこか悲しみを帯びていた。
「なあ、ユアン。私は物事を歪んだ目で見ているだけなのだろうか?ミトスとあの子達の間に芽生えた友情を、素直に喜んでいればよかったのだろうか?ミトスが言うように、私はあの子達に焼きもちを焼いているだけなのだろうか。」
ユアンは、クラトスの問いかけに何も答える事が出来なかった。
クラトスは視線を湖面へと戻すと、
「…何も起こらなければいいのだが。」
と、小さな声で、心配そうにそう呟いたのだった。
その数日後の事だった。
あの日以来、ミトスはクラトスと口を利く事はなく、相変わらず村へと通い続けていた。
この数日間何も起こる事はなく、クラトスの方でも、あれは自分の取り越し苦労だったのだと思い始めていた。
もしかしたら、村人達もミトスの事を理解し受け入れてくれたのかもしれない。この分ならもう大丈夫かもしれない。いずれ旅立たねばならぬ身ではあるが、あの村で得られた友人達とのふれ合いは、ミトスにとっていい思い出となってくれるだろう。
それはある意味、このまま何も起こらないで欲しいとの祈りにも似たものだったのかもしれない。だが、その祈りは届く事無く、最悪の状況で事件は起こってしまったのである。
その日の夕方、にわかに空が暗くなり始め、すぐにでも雨が降りそうな空模様となってきた。
「これは一雨くるな…」
空を見上げながら、クラトスとユアンが外にある荷物をテントへと運んでいると、そこへマーテルがキョロキョロと辺りを見回しながらやって来たのだった。
「どうしたのだ、マーテル?」
「ミトスがまだ戻って来ていないの。」
「まだ?…いつもならもう戻ってる時間だろう?」
「そうなのよ。何かあったのかしら…」
クラトスの問いに、マーテルは心配そうな表情を浮かべ答えた。
「遊びに夢中になって時間を忘れているだけではないのか?」
「でもユアン、あの子、傘を持って行っていないのよ。あの子は天候の変化には敏感だわ。こんなに空が暗くなっているのに戻って来ないなんておかしいわよ。」
「確かにそうだな…それなら私が様子見がてら、一っ走り迎えに行ってこよう。」
「それなら私が…って、クラトス?」
ユアンがそう言ったものの、もうクラトスの姿はそこにはなかった。
「あいつが行くと余計にややこしい事にならないか?今、あいつとミトスは険悪の状態だろう。」
「いいえ。クラトスの方がいいのかもしれないわ。」
「マーテル?」
「ミトスは元々クラトスの事が大好きなんですもの。今回の事ではちょっと意地になっているだけ。クラトスはクラトスで、あんな感じで自分の感情表現がうまく出来ない人でしょう?二人っきりの時間を作ってあげれば、きっと元に戻ると思うの。」
「……そうだな。今の状態が続くのは好ましくないからな。」
「いずれにせよ、ミトスの身に何も起こっていなければいいのだけれど…。何か嫌な予感がしてならないの。」
マーテルの心配を裏付けるかのように、空では雷が鳴り始め、程なくして雨が降り始めてきた。
二人は顔を見合わせると、不安気な顔で暗い空を見上げたのだった。
クラトスが村の近くまで来た時、雨はいよいよ本降りとなって来ていた。
ここまでの道は一本道。しかし、ミトスと会う事はなかった。
「村の家で、雨宿りをさせてもらっているだけなのならいいのだが…」
湧き上がる不安を払拭するかのようにクラトスがそう呟いたちょうどその時、
「やめて っ!!!」
「あれは…ミトス!?」
その、村の方から聞こえてきた切羽詰まったミトスの悲鳴に、クラトスは急いで村の中へと駆けこんだ。
ところがその直後、村全体が眩しいばかりの光に覆われたと思ったら、次の瞬間、クラトスの体は大きく後方へ吹き飛ばされていた。
気を失っていたのはほんの僅かな間のようだった。パチパチと木々が燃える音と共に、不快な焦げくさい臭いが辺り一面に漂っている。呻き声と共に体を起こして前方へと目をやったクラトスは、その場の惨状に思わず息をのんだ。
村中の家々は、跡形もなく砕け散っており、人体らしき真黒な物体がブスブスと煙を立てながら此処彼処に転がっている。吐き気を催しながらフラフラと立ち上がったクラトスの目に、村の中心を大きく抉るようにあいた、クレーターのような穴が見えてきた。その真ん中に立っているのは…
「ミトス!!」
その声に、ゆっくりと振り返ったミトスは、クラトスの姿を目にした途端、ハッとして叫び声を上げた。
「違うっ!!僕じゃない。僕がやったんじゃない!!」
力の暴発…。
クラトスも幼い頃、これと同じような現象を起こした事がある。大切な人が目の前でやられているというのに何も出来ない自分に苛立ち、同時に怒りや悲しみが湧き上がってきた。それら全ての感情が自分の中で大きく膨れ上がりついに爆発してしまったのだ。気が付いたら辺り一面は血の海…。多くのハーフエルフ達が犠牲になった。自分の持っている強大な力をコントロール出来なかったが為に起きてしまった悲劇。あの時の事は、今でも自分の心の中に癒えない傷となって残っている。
ミトスの潜在能力は、あの頃の自分の比ではない。結果、村を一つ滅ぼしてしまう事となってしまった。
「村の人達が突然襲って来たんだ。ハーフエルフは出て行けって…。最初は説得しながら避けていたよ。でも、みんな凄く興奮していて…。そんな時、村人達の後ろに隠れるようにしながら僕を見ているトムとジェーンの姿が目に入って来たんだ。二人の目は今までと違っていた。まるで気味の悪い化け物でも見るかのように僕の事を…。その途端、頭の中が真っ白になって、気が付いたら……」
「もう分かったから…落ち着くんだミトス。」
クラトスはゆっくりとミトスに近付き、その肩に手を置いて囁くように語りかけた。
「僕は知らない。僕が悪いんじゃない!……こんなつもりじゃなかった。僕は…僕は…」
降りしきる雨は、ミトスの顔を濡らしながら流れ落ちていた。その時ミトスは泣いてはいなかったかもしれない。だが、クラトスの目には、その流れ落ちる雨がミトスの涙に見えたのだった。
「分かっている。お前は悪くない。これは事故だったんだ。お前は悪くなんかない…」
クラトスは、ミトスの震える体を優しく抱きしめると、繰り返しそう囁き続けたのだった。
それから二人は、近くの洞穴へと移動して、そこで雨が止むのを待つ事にした。
「少しは落ち着いたか?」
心配そうな様子のクラトスに、ミトスは小さく頷くと微かに微笑んでみせた。
「もう大丈夫…クラトスも傍に居てくれるし。」
「そうか…」
「ごめんね。僕、クラトスに酷い事言っちゃった。クラトスは僕の事を心配して言ってくれたのにね。」
「いや、私の方も少々大人げなかったようだ。殴ったりして済まなかった。」
ミトスは頭を振った。
「僕が悪かったんだ。仕方ないよ。」
「…もしかしたら私は、お前が言ったように、あの二人の子供に嫉妬していたのかもしれん。自分でも気づかぬ内に…」
「だったら…こんな事言うの不謹慎かもしれないけど…だったら嬉しいな。」
「嬉しい?」
「確かにあの二人は友達だって思ってた。同い年の人間の友達が出来て凄く嬉しかったのもホントだよ。でも、クラトスは別なんだ。クラトスは僕にとって、いつだって一番の存在なんだもの。だってクラトスは、生まれて初めて出来た大切な人間の仲間で、そして家族なんだから。トムとジェーンとは違うんだ。」
赤くなって目を逸らすクラトスを見て、ミトスはクスクスと笑っていたが、直ぐに目を伏せると暗い顔で呟いた。
「…でも僕、あの子達を殺しちゃったんだね。あの時の二人の目を見た時、なんだか裏切られたような気がして僕はとても悲しかった。」
「ミトス…」
「やっぱりさ、人間とハーフエルフが友達になるなんて無理だったのかな。」
「……無理ではない。」
「え?」
「今は無理でも、いつか必ず共に笑いあえる日が来る。私達はそう信じて旅をしているのだろう?」
ミトスは、目を見開いてクラトスを見詰めていたが、やがてニッコリと笑うとこう言ったのだった。
「そうだね。いつかきっと…。最初、僕は姉さまと二人きりだった。でも、旅を続ける内にユアンが仲間に加わり、そして、クラトスも仲間になってくれた。時間はかかるかもしれない。でも、こうやって一人一人理解してくれる人を増やして行けば、いつかきっと皆で手を取り合える日がやって来るよね。その日まで、僕は諦めずに進んで行くよ。」
雨はいつの間にか止んでおり、洞窟の外から光が差し込んできていた。
その光は、あたかも彼等の行く道を照らしてくれる希望の光のごとく二人の目には映っていたのである。
その翌日、一行は旅立つ準備に追われていた。
そんな中、荷物を纏めているクラトスの元へミトスがやってきたのだった。
「ミトス?どうした、もう出発の準備は出来たのか?」
「うん。でも忘れ物していた事に気が付いて…。」
そう言って、ミトスはポケットから小さな二つの木彫りの人形を取り出すと、不思議そうな顔をして自分を見ているクラトスの前に差し出した。
「…これは?」
「これ、クラトスにあげるよ。前に作っていたんだけど、渡すのを忘れていたんだ。こっちがクラトス、こっちが僕だよ。ほら、ここをこうして合わせると、二つの人形が一つになるんだ。これは僕達の絆…これからもずっと一緒だって証なんだよ。」
そう言って笑顔で人形を差し出してきた少年は、どこか照れ臭そうで…。
「僕達はずっと一緒だよ。これからも一緒に夢を追って行こうね。約束だよ…」
クラトスは笑顔を浮かべると、その人形を受け取ったのだった。
“これからも一緒に夢を追って行こうね。約束だよ…”
その時のミトスの言葉を反芻しながら、クラトスは、遠い昔に思いを馳せていた意識を現実へと引き戻した。
それから私は、あの遠い日の約束を忘れる事無く、ミトスと共に長い時を走り抜けてきた。
だが、いつ頃からだっただろう…。
私達の夢が違う方向へと向かい始めてしまったのは…。
クラトスは再び持っている人形へと目を落とし、しばらくぼんやりと見詰めていたが、やがてそれをギュッと握りしめると決意の表情で立ち上がった。そして四千年間過ごしてきた自室を片づけ始めたのだった。
数時間後、クラトスは大地へと降り立った。
そして大地の爽やかな空気を胸一杯に吸い込むと、背後に聳え立つ救いの塔を見上げた。
「ユグドラシル…いや、ミトス。きっとお前は、私に裏切られたと思うだろう。怒り、憎むかもしれない。だがな、ミトス。私はあの日の約束を忘れた日などない。破るつもりもない。いや、むしろ守る為にお前から離れるのだ。矛盾した行為だと思うかもしれない。だが私達は、もう一度原点へと立ち戻り、自分自身を見詰め直す必要があると思うのだ。だから今は、しばしお前から離れる事を許して欲しい。私はこれからもお前と共に夢を追っていきたい。あの日交わした約束を大切にして行きたいのだ…。」
クラトスは救いの塔に向かって頭を下げて一礼すると、背を向け力強い足取りで歩み始めた。その手にはミトスからもらった木彫りの人形が握りしめられている。
まだ、何をすればいいかなど分かっていない。
だが、これだけは言える。
どこにいようと私はお前と共にある。
この人形のように、私達は常に一つなのだから。
目の前に伸びている道に、あの日と同じように一筋の光が差し込んできた。
クラトスは二度と塔を振りかえる事無く、しっかりと前を見据えながら、その希望の光に向かって、大地を踏みしめ一歩一歩進んでいったのだった。
−約束 終−
※クラアン話の「出会い」へと続くと思いきや、内容的には繋がらなくなってしまいました。あっちのクラトスは悩みまくっていますが、こっちは前向きになってるし。どうもうちのクラトスは多重人格者となっているようです。ですので、全く別の話と思って下さい。(汗)