ユアンの転職
この日ユアンはある決意を胸にユグドラシルの元へ向かっていた。
そこへクラトスが通りかかる。
「どうしたユアン。珍しく真面目な顔をして何かあったのか?」
「どうせ私の顔はいつも不真面目で福笑いもどきだよ!悪かったな!!」
(誰もそんな事は言っていないだろう…)
「…随分と不機嫌だな。一体どうしたと言うのだ?」
「私は決意した。今日こそ、これをユグドラシルに叩きつけてやるのだ!」
そう言いながらユアンが取り出した封書には、『辞表』との文字が…。
クラトスは目を見開いた。
「お前、クルシスを辞めるつもりなのか!?」
「毎日毎日『ドジだ、ドジだ』ど言われて幾星霜。私の我慢も限界なのだっ!!……ああ、辞めてやるとも!そんなに私の事が邪魔なら辞めてやるさ。転職だ。これからは一民間人として生きて行くんだ!」
それを聞いたクラトスは、思わず『レネゲードはどうするのだ?』と言ってしまいそうになったが、寸前でそれを飲み込んだ。
ユアンはその事をまだ誰にも知られていないと思っているのだ。そこへ『私はお前の秘密を知っているんだぞ』との発言をすれば、ただでさえ落ち込んでいる今のユアンに更なる追い討ちをかける事になってしまうだろう。
それで代わりにこう言うだけにとどめたのだった。
「…そうか。お前も大変だな。」
「お前…完全に他人事だな……」
「まあ、他人事だからな。」
「クラト〜〜スっ!!!」
「まあ、落ち着け。」
ユアンに涙目で睨み付けられ、クラトスは慌てて宥めにかかった。
「簡単に転職と言うが、そう簡単なものではないぞ。世の中不景気だからな。(特にお前のような奴は)すぐには決まらないものと思っていた方がいい。」
「いや、私なら大丈夫だ。私は経験が豊富だからな。こんな逸材を見逃すわけなかろう。」
「だが転職活動は初めてだろう?履歴書も書いた事がないだろうし、面接だって受けた事あるまい。」
「ん?……そ、それは…まあ…」
「それ見ろ。いくら逸材だと言ってもだ。それをちゃんとアピール出来なければ意味がないのだ。」
「………」
「そこでだ。取り敢えずこれは私が預かっておこう。」
黙り込んだユアンを見て、その手から辞表を取り上げるクラトス。
「お、おい…」
「別に私はお前が転職したいと言うのなら止めるつもりはない。だがいいか?よく考えてみろ。今言ったように転職とは難しいものなのだ。もし決まらなければ失業してしまうのだぞ。だから(お前のような落ちる可能性大の奴は)クルシスに在籍したまま転職活動をした方がいいだろう。そしてこれは、万が一めでたく採用となったら、その時に改めて出せばいい。」
「成る程。保険として今の地位を取っておくという事か。」
「そう言う事だ。それとこれも貸してやろう。先日買った経済の本に付録で付いていたものだ。」
そう言ってクラトスはユアンに小冊子を手渡した。そこには『転職マニュアル』と書かれている。
「貸してくれるのか!あ、有難う、クラトス〜〜!!」
感激の涙を流しながらそれを抱きしめるユアン。
「ま、精々頑張ってくれ。」
「ああ、見ていてくれ!必ず転職して見せるからな!!」
こうしてユアンは転職にチャレンジする事にしたのであった。
部屋に戻ったユアンは、クラトスから貸してもらった『転職マニュアル』片手に、履歴書作成に取り組んでいた。
“履歴書はあなたの顔です。思いっきり自分をアピールしましょう。くれぐれも嘘は書かないように。”
うむ、うむ、成る程。これは私の顔となるわけだな。
フ…心配せずとも大丈夫だ。私は嘘は嫌いだからな。
ペンを手に取り、早速書き始めるユアン。
ん?住所か?……はて、どうしたものか。クルシスの住所を書くのはまずいよな。ま、採用されたらレネゲード基地から通う事になるわけだし、そっちを書いておけばいいか。この会社はテセアラにあるからテセアラベースにしておこう。あそこは少々辺鄙なところにあるが、レアバード通勤にすればいいだろう。レアバード通勤…フム、カッコいい響きだ。
次は、と……む?年齢か?
困ったな。まさか実年齢を書くわけにもいかないし…。
フム、募集要項を見ると36歳までとなっているな。しかしギリギリの年齢と言うのも芸がないような気がするし、若すぎるのも問題だな。
よし、ここは手頃なところで27歳としておくか。(←経歴詐称その1)
次は学歴か…。
またもや困ったぞ。学歴と言われても、私は小学校しか出ていない。それも4000年前のもので今は実在していないし…。
よし、王立大学卒としておくか。その方が箔が付くからな。学部は利口学部としておこう。利口…まさに私にピッタリの学部だな。(←経歴詐称その2 しかも字が違う)
ええと、次は職歴か。
まさかクルシスの四大天使と書くわけにもいくまい。この場合、やはり会社名の方がいいよな。
株式会社レネゲードの代表取締役……いや、取締役はまずいな。「どうして潰れたのですか?」なんて聞かれかねん。
よし、手堅いところで管理職としておこう。嘘は書いておらんぞ。管理職には違いがないからな。
ようやく半分書き終わり、満足げな笑みを浮かべるユアン。
よし、あと一息だ。
次は、賞罰か。しかし私は資格など持っていない。
フ…どうせ調べはせんだろうし、ここは適当に、簿記二級とでも書いておくか。(←経歴詐称その3)
しかしこれだけでは少し寂しいな。
そう言えば小学校の頃、マラソン大会でビリになり、『頑張ったで賞』というのを貰った事があったな。それでも書いておくか。それと先日、クルシスでのゴルフ大会でブービー賞を貰った。それも書いておこう。
フム。これで大分賑やかになったぞ。
さて次は趣味か。趣味は小銭拾い…と。
得意な学科…雷系魔法。
最後に会社へのメッセージ?…ふむ。ここで自分をバッチリアピールするわけだな。
『稀代の天才ユアン!なんでもこなせるエンターテイナー、ユアンをヨロシク!!』
よし、これでいい。これに写真を貼って…完成だ!!
さて、あとは明日の面接に備えて今日は早めに寝るとしよう。
こうしてユアンは虚偽だらけの履歴書を大切にしまうと、お肌のきめを整えるパックをしてベッドに入ったのだった。
「次の方…ユアンさんどうぞ。」
「は、は、はいっ!」
面接官に名前を呼ばれ、ユアンは緊張の面持ちで立ち上がった。
今日のユアンはボータから借りてきた背広を着用していた。彼のものでは少々ブカブカではあったが、ユアンは背広というものを持っていなかったのでこの際文句も言っていられない。
(いかん…緊張してきたぞ。落ち着け、落ち着くんだ。普段通りにやれば大丈夫なんだから。)
ユアンは緊張をほぐす為に大きく深呼吸をすると部屋の中へ入って行った。
「ではまず、履歴書を拝見致しましょう。」
ユアンから履歴書を受け取り目を通し始める面接官。その目が学歴のところで止まった。
(利口学部?…こいつ本当に王立大学を卒業しているのか?)
不審に思ったものの、それはベテランの面接官である。そんな事はおくびにも出さずに質問を始めた。
「あなたが当社を志望した動機はなんですか?」
今度はユアンが首を捻る番であった。
(死亡した動悸?なんだそれは…)
緊張のあまり質問の意味が理解できなかったのである。しかしこのまま黙っていては印象を悪くするばかりだ。それで必死に考えた挙句、ユアンは質問の意図をこう結論付けたのであった。
(そうか。私の健康状態を心配しているのだな。それならば…)
「心配せずとも私の心臓は至って健康だ…です。毛が生えているとまで言われたぐらいだからな…です。」
「はい?……そ、そうですか。まあ、心臓が丈夫なのは結構な事ですな。」
予想外の答えに目を丸くする面接官。
何を言いたいのか分からない。しかし、心臓に毛が生えているのは確かなようだ。見るからに嘘臭い履歴書を持って平気な顔で面接を受けに来るぐらいなのだから…。
兎に角、こんなのをまともに相手にしていたら時間がいくらあっても足りない。
そこで面接官は取り敢えず予定していた質問事項の消化に努める事にしたのであった。
「ええと…前の会社では管理職をなさっていたとの事ですが、仕事の内容はどんな事を?」
「内容か?…いや、ですか?仕事内容は主に再生の神子の暗殺を…」
「暗殺!?」
思わず大声を出してしまう面接官。
「あ、いや、そうではなくて、そのなんだ…そ、そう、新たなプロジェクトの計画推進を…。プロジェクトというのはこの世界を自然の姿に戻すという壮大なもので…。」
「ほう、成る程。緑化運動のようなものですか。」
「ま、まあ、そんなものだ。あとその他にも、経理や部下の福利厚生などもやっていたな…ました。」
「それはそれは…色々と経験を積まれたわけですね。」
「フ…まあ、それほどでもあるがな。」
自慢げに笑うユアン。
面接官は咳払いをした。
それから面接官は更にいくつかの質問を続けると言った。
「それでは今日は有難うございました。」
「もう終りなのか?」
「ええ。大体の事はお聞きいたしましたので…。結果の方は後日連絡いたします。ええと、連絡先は履歴書に書かれているところでよろしいのですね。」
「あ、ああ。」
「分かりました。ではこちらの方へ、三日以内に電話か封書にてご連絡いたしますので。」
ユアンとしては少々不満げであったが、このままいつまでも居座っていても仕方がない。そこで渋々立ち上がると、一礼して退出して行ったのだった。
それを見送り、溜息を突く面接官。
確かにユニークな人材ではある。しかし些か人間性に問題があるような…。
「まあ、今回は諦めてもらうしかないだろうな。」
面接官はそう言うと、ユアンの履歴書を不採用の箱に放り込んだのだった。
数日後、ユアンはデリス・カーラーンにて掃除に励んでいた。
そこへクラトスが通りかかる。
「よお、ユアン。久し振りだな。見たところ随分とすっきりとした様子ではないか。してみると例の件はうまくいったようだな。」
「ん?例の件とは何の事だ?」
ユアンの返事に眉を顰めるクラトス。
「もしかして…落ちたのか?」
「いや〜、よくよく考えてみたら、やはり私にはこのクルシスでの仕事が一番性にあっているという事が分かった。」
そう言いながら雑巾でゴシゴシと柱を磨くユアン。
「落ちたんだろう。」
ユアンはキッとして、しつこく呪いの如き言葉を繰り返すクラトスを睨み付けた。
「煩いぞ!落ちたのではない。あんな私の魅力も分からないような会社、こちらから断ってやったのだ!!」
「そうか、やはり落ちたのか。」
「お前、人の話を聞かんか!だから落ちたのではなく…」
「だとしたら困った事になったな。」
「へ?何が?」
目を丸くするユアンに、クラトスは済まなそうに目を伏せた。
「いや、実はな。その…お前の様子があまりに清々しいものだから、私はてっきり受かったものと思って、さっき辞表をユグドラシルに出してきてしまったのだ。」
「なに〜〜〜っ!?…クラトス、お前は何という事を!!」
「す、すまん。本当に申し訳ない。」
(兎に角、直ぐに撤回に行かなければ…)
ユアンは頭を下げ続けるクラトスを余所に走り出した。するとなんともタイミングよく、向こうからユグドラシルがやってきたのだった。彼には珍しく大変晴れやかな笑みを浮かべている。
「やあユアン。クラトスから聞いたよ。転職するんだって?」
「え?い、いや、それは…」
「いや〜、よかった、よかった。これでようやく厄介払いが…いや、お前のような優秀な部下を失うのは残念だけど、私は話の分かる上司だからね。君の将来を考えてここは我慢する事にするよ。」
「いや、だからその話は…」
「そうだな。ここは一つ、お前の門出を祝って盛大な送別会でもしてやろう。私が直々に企画するから楽しみにしておいで。それじゃあね。」
口笛を吹き吹き上機嫌で行ってしまうユグドラシル。
「違う…違うと言うのに〜〜〜!!」
ユアンの絶叫は虚しくデリス・カーラーン内に響き渡ったのであった。
それから更に数日後、ユグドラシル主催のユアンの送別会が開かれ、ユアンはクルシスを放り出されてしまったのだった。
そしてその後、レネゲード内にて神子暗殺そっちのけで転職活動に勤しむユアンの姿が見られたと言う。
−ユアンの転職 終−