孤立 前編
とある喫茶店で二人の男が密談をしていた。
一人は赤い髪の男。もう一人は緑色の髪の男であった。二人はきな臭い雰囲気を醸し出しており、若いカップルで賑わっている店内で、その一角だけが異様な空気に包まれている。
「で、首尾はどうなんだ?」
緑髪の男の問いに、赤髪の男が答える。
「まあまあってトコかな。皆あいつを上辺だけは慕っている様子を見せちゃいるが、それは上の二人に気を使っての事でその実誰も信用しちゃいない。そりゃそうだろ?なんたってずぶの素人なんだから。あと一押しで奴を追い出せる。」
「一押しね…。」
ニヤリと笑う緑髪の男。
「よし、それはこっちで何とかするとしよう。騒ぎを起こしてやるからあとはお前が何とかしろ。」
「分かった。いつがいいかはこちらから連絡する。……だが、約束は忘れてないだろうな?」
「約束?…ああ、覚えているよ。首尾よくいった場合はちゃんとお前の望みを叶えてやるさ。」
男は再びニヤリと笑うと、ゆっくりと煙草を燻らせたのだった。
実業家のレイモンド青年は希望を胸に駅に降り立った。そして綺麗に開発されている北口をチラリと見やると、それとは逆の出口へと歩を進めて行く。
もうすでに開発されてしまっている場所には用はない。自分の使命は未だ未開発の区域に住む皆さんを幸せへと導く事。調査によるとこの南口には潰れかけた商店街があるという。そこに我社のビルをおっ建て、地域の活性化を促してあげるのだ。
とはいえ、土地の買収で商店街の方々を脅すような真似をしてはいけない。弱者には常に優しくあらねば…。
“男はタフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない”(※1)
それがレイモンド青年の信条なのであった。
そんなわけで張り切って商店街へ向かったレイモンド青年だったが、そこで目にしたのは事前の調査とは正反対の光景だったのである。
常に閑古鳥状態の筈の商店街が、何故か活気に満ちており、買い物客で溢れかえっているのだ。
「馬鹿な…我社の調査に間違えがある筈がない。場所を間違えたのか?」
わが目を疑い、思わす商店街入り口のアーチを見上げるレイモンド青年。そこには擦れて消えかかっているが、確かに『シンフォニア商店街』との文字が…。
「……確かにこの商店街に間違いない。一体これはどうした事だ?」
あまりの事にフラフラと歩いていたレイモンド青年は、風船とビラを配っていたクマさんにぶつかってしまった。
「痛えじゃねえか!どこに目をつけていやがるんだ、このボケがっ!!」
この客に向かっての雑言にムッとした顔で振り返ったレイモンド青年であったが、このクマさん、外見とは裏腹に何やらヤバそうな空気を纏っている。そこで青年はここは謝っておくに限ると即座に判断した。
男はタフでなければ生きて行けない…だが、無理に危険に飛びこんで行く必要もないだろう。
こんなクマさんに頭を下げるのは甚だ遺憾ではあるがこの際仕方がない。
「すみません、すみません。考え事をしていたもので…」
「あん?考え事だぁ?ふざけんじゃねえぞ、てめえっ!!」
クマさんの、ど迫力に恐れおののくレイモンド青年。
すると近くで風船を配っていたウサギさんが慌てて駆け寄って来た。
「ちょっと…客を怖がらせちゃまずいっすよ、兄貴。」
「む…そうだった。俺達はバイト中だったな。忘れていたぜ。脅かして悪かったな、兄ちゃん。どうか気を悪くしないでくれ。今、この商店街ではバーゲンセールの真っ最中だ。あんたも何か買っていってくれよな。」
クマさんはそう言うと、持っていたビラを一枚、レイモンド青年に押し付けて向こうへ行ってしまった。唖然としてその後姿を見送るレイモンド青年。
「…一体どうなっているんだ。調査報告と大分違うじゃないか。これは一から対策を練り直す必要があるかもしれん。」
そこでレイモンド青年は、近くのハンバーガーショップで検討作業に入ろうとしたのであった。
ハンバーガーショップも多くの人で賑わっていたが、満席には至っていなかった。これなら席に座ってじっくりと考える事が出来そうだ。
「いらっしゃい、モスドナリアバーガーへようこそ。」
「コーヒーを一つ。」
「セットなどはいかがっすか?」
「いや、腹は減っていないんだ。コーヒーだけで。」
「コーヒーのつまみにポテトなどは?」
(つまみって…酒じゃないんだから。)
レイモンド青年は、まじまじと店員を見た。他のレジは可愛いお姉ちゃんが担当しているのに対し、ここは何やら目つきの鋭いお兄さんがやっている。選択を誤ったかと思ったものの、他のレジは空いていなかったのだから仕方がない。
さっさとこの場を離れたかったレイモンド青年は、畳み掛けるように言った。
「だからコーヒーだけでいいと言っているだろう。」
するとその途端、レジの男の顔つきが急変したのだった。
「…てめえ、俺の勧めるポテトが食えねえって言うのか!?」
「え?……い、いや、そう言う訳じゃ…」
「だったら食うんだな?」
「で、でも…」
「じれってえ男だな。食うのか食わねえのかはきっりしろっ!」
(な、何なんだ、この商店街は!?さっきのクマといい、この店員といい、まるでやくざではないか!)
それでも店員の迫力に押され、渋々とポテトも注文しようとしたその時だった。
「きゃ っ!!」
突然聞こえてきた悲鳴に、思わず小銭をばら撒いてしまうレイモンド青年。拾いながら通りに目をやると、さっきのクマさんとウサギさんが、数人の男達を相手に大立ち回りを繰り広げている。
「あいつらクルシス組の奴らじゃねえか。」
レジの男は軽く舌打ちすると、カウンターを乗り越え乱闘に加わりに走って行く。
バーガーショップの男だけでなく、此処彼処の店から男達が飛び出して来て乱闘に加わってきて、商店街は瞬く間に大騒ぎとなる。
多くの野次馬達をかき分け、その最前列に陣取ったレイモンド青年は、その場の惨状に目を丸くした。
付近の店のワゴンはことごとくひっくり返され、品物が路上に散乱している。少し離れた所に位置している店は無事なのかと言えばそうでもなく、商店街の店という店は棒をもった男達によって滅茶苦茶にされていた。
程なく駆け付けて来た、鳶色の髪の男と青髪の男がこの乱闘を止めようと必死に叫んでいるが殆ど効果はなく、騒ぎは大きくなるばかり。その内、背後からボカリとやられた青髪の男も参戦してしまう始末。
「馬鹿!お前まで加わってどうするのだ、ユアン!」
鳶色の髪の男の制止に拘わらず、青髪の男ユアンはすっかり興奮してしまっていた。
「何を言っているのだ、クラトス。こんな面白い事を逃してなるものか。」
どうやらこのユアンという男は、殴られた事に怒っての参戦ではないようで、根っからのお祭り好きだっただけのようだ。
「みんな止めろ、止めないか!」
鳶色の髪の男、クラトスだけが必死に声を張り上げるがそれは徐々に大きくなっていく騒ぎの中へ掻き消えていってしまう。
クマさん側の人間も、相手側も、どう見ても堅気の者ではない。こんな危ない場所に自社ビルなどとてもじゃないが建てられん。これは早々に手を引くに限るかもしれんな。
男はタフでなければ生きて行けない…だが、それも命あっての物種だ。
こうしてレイモンド青年は、この地から手を引く事を決意し、早急にこの場から退避する事にしたのであった。だが、彼はもっと早くにその決断をするべきだった。避難するにはもう遅すぎたのである。
レイモンド青年が踵を返そうとしたその時、乱闘中の男の一人がテーブルを持ち上げクマさんに向かって投げつけたのだった。ひらりと華麗に避けて見せたクマさんであったが、その後ろには野次馬連中がひしめき合っていた。悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げて行く野次馬達の中、金髪の少年とレイモンド青年がその場に取り残されてしまったのだった。
レイモンド青年の視線は、飛んでくるテーブルと隣に立っている少年の間を目まぐるしく往復した。
ここは健全な大人として、この少年を庇うのが筋なのかもしれないが、見た所あのテーブルはすこぶる重そうだ。あんなのに押し潰されたらこっちの命が危ない。少年には悪いが、ここは我が身可愛さに一人で逃げるしかないだろう。
そう決断したものの、レイモンド青年は動く事が出来なかった。情けない事に腰が抜けてしまったようなのだ。そうこうしている内にテーブルは真っ直ぐにこっちに向かって飛んで来ていた。
すると、そんな立ち尽くしているレイモンド青年の目の端に走り込んで来る影が映ったのだった。それはあの鳶色の髪の男、クラトスだった。
(有難い、助けに来てくれた!…さあ、早く来い。早く私を助けてくれ!!)
しかし、そうは問屋が卸さなかった。クラトスはレイモンド青年ではなく少年の方を抱え上げると、そのまま退避してしまったのだ。その直後、テーブルは突っ立っているレイモンド青年を直撃し、彼はその下敷きになって目を回してしまったのであった。
その後も乱闘は続いていたが、何と言っていもレネゲード組の者は喧嘩に弱い。彼等にしては粘ったものの、とうとう全員ねじ伏せられてしまったのだった。
「へん、まったく弱っちい奴等だぜ。」
「くっそ〜、ここは俺達のシマだ。出て行け!」
地面に這いつくばったまま叫ぶユアン。
「出て行けだあ?おい、俺達はお客様なんだぜ。それを言うなら土下座して『お客様に暴力を振るって申し訳ございませんでした。どうかお引き取り下さい』って頼むのが礼儀ってもんだろ。」
「誰がお前らなんかに…。大体、先に因縁を付けて来たのはお前らだろうが。」
「ほう、そうかい。じゃあ、もっと暴れてやろうかねえ。二度と商売なんて出来ないぐらいによ。」
そう言って未だ恐る恐る状況を見守っていた野次馬達を睨み付ける、クルシス組の男。再び野次馬達から悲鳴が上がる。
「まだこっちにはクラトスが残っている。あいつは強いんだ。俺達のようにはいかないぞ。」
ユアンの言葉に、クルシス組の連中の目が一斉にクラトスの方へと向けられた。
「そういえば、まだ一匹残っていたなあ。脱サラのやくざさんがよ。」
うひゃひゃと笑いながらクラトスに近付いて行く男達。
クラトスは先程助けた少年の隣に立っていたが、彼等が近付いてくるのを見るや一歩前に踏み出した。
「お、やる気か?」
クルシス組の連中は余程喧嘩が好きらしい。嬉しそうに目を輝かせ指をポキポキとならしたのだが、その直後にクラトスの取った行動は予想外のものだった。なんと彼は、その場に土下座をしたのである。
「申し訳ございませんでした。」
「な…何をしているんだ、クラトス!止めろ、そんな事をする必要はない!!」
だがクラトスはそんなユアンの言葉にも耳を貸そうとせず、地面に額をこすりつけるように頭を下げると言葉を繰り返した。
「申し訳ございませんでした。この通りです…どうか今日の所はお引き取り下さい。」
「ハッハッハッ!こりゃあ傑作だ。こいつが強いって言うのか?笑わせてくれるねえ。」
「クズはクズって事だろ。ほれ、もっと頭を下げろよ。」
ゲラゲラと笑いながらクラトスの頭に手をやると、更に地面に押しつけるクルシス組の男達。
クラトスは激しい揶揄の中、ひたすら頭を下げ続けていた。
「商店街を蘇らせる為にバイトを始めたというのに、逆にぶっ壊してきてどうするっ!?」
組事務所に戻ってきたユアン達を、ボータは怒鳴り付けた。
「そんな事言ったって、因縁つけてきたのはあっちなんですぜ。」
おずおずと弁解するクマさんの着ぐるみを着てバイトをしていた男。(以下クマさんと呼ばせて頂きます)
寂れてしまった商店街を蘇らせる…これはクラトスのアイデアであった。レネゲード組のシマは現在あのシンフォニア商店街しかない。その唯一の収入源である商店街がああも寂れていてはこの先も実入りを期待出来ないだろう。そこで組を挙げての商店街復活作戦を打ち出したのだが…。
あの乱闘で商店街は壊滅状態となってしまい、巻き添えを食らって客の中から負傷者も一名出ている。お陰で再び客の足は遠のいてしまい、商店街の者は皆、前以上にやる気を失ってしまったようだった。現に他の地に引っ越そうとする者さえ現れ始めている。このままだとあの商店街は消滅してしまうだろう。
「そもそもやくざの俺達にバイトなんて無理だったんだよ。」
クマさんの弁解に同調するように声を上げたのはゼロスだった。この青年は、お笑いタレントの集まりのようなこのレネゲード組において異彩を放っていた。
表向きはおちゃらけた態度を取ってはいるものの、その目は決して笑ってはおらず、腹の底では何を考えているのか分からない所がある。常に世間を斜めに見る嫌いがあり、他人に本心を見せる事がない。しかし頭は切れる為、まだ二十歳を少し越えた程の年齢にも拘わらず組の中心的存在となっている。
ゼロスは冷たい目をクラトスへ向けながら話を続けた。
「大体、何でこいつを組に入れたんだ?しかも幹部待遇でさ。俺はさ、元々こいつを組に入れる事には反対だったんだ。こんなど素人にやくざが務まるわけがない。」
「今の話にクラトスさんは関係ないだろう!」
ボータが、突然やり玉に挙げられたクラトスを弁護しようとするが、ゼロスはその言葉を即座に打ち消した。
「いいや、関係大ありだね。そもそもバイトなんて考えだしたのはこいつだ。バイトに励むやくざなんて聞いた事あるか?そんな事をしていたからクルシス組の奴等に馬鹿にされたんだ。結局こいつはやくざの世界の事なんて何一つ分かっちゃいないんだよ。」
「クラトスさんは間違っちゃいない。商店街が以前のような活気を取り戻せば、それは我が組の益にも繋がるんだ。それはお前も納得していただろう?」
「俺は納得なんてしてないぜ。ボータの兄貴が盛んに押すもんだから渋々了承しただけだ。みんなだってそうだろ?」
ゼロスが周りにいる組員達を見回しながらそう問いかけると、組員達の殆どは頷いた。
「それにさ、今回の事でこいつにはやくざは無理だってはっきり分かったじゃないか。こいつは仲間がやられているというのに助けようともせず、黙って見ているだけだった。それどころか大勢の前で土下座をして命乞いをしやがったんだ。」
「待て!それは…」
ボータが何かを言おうとしたのを、クラトスは押し止めると静かに頭を振った。
「今は何を言っても言い訳にしかならない。」
「クラトスさん…」
「言い訳?…ふん、言い訳どころか何も言えないっていうのが正直な所なんだろう?あんたは大勢のやくざを相手にするのが怖かっただけなんだ。自分が助かりたいばかりに仲間を見殺しにしたんだよ。」
「クラトスはそんな奴じゃないぞ!」
今度はユアンがクラトスを庇おうとするが、
「それじゃあ組長はこいつが土下座したのは正しかったと言うのか?あいつらに頭を下げるのは仕様がないとでも?」
「それは……」
「そうだろうが。組長だって納得していない筈だ。やくざとしての誇りを捨てるなっていうのは先代が口癖のように言っていた事だからな。だがこいつはその誇りを捨てたんだ。こいつは組の面子を潰したんだよ。こんな臆病者に、もう俺は付いて行きたくはない。今すぐ組から出て行ってもらいたいね。」
「俺も同感だね。所詮この人は素人さんだ。俺達とは違うんだよ。辞めてもらった方がこの人の為かもしれない。」
ゼロスの意見にクマさんが同意を示したのを皮切りに、次々に他の組員達の口からも不満が放たれる。
「おいお前ら…ちょっと待て。クラトスさんはそんな臆病者じゃ…」
「へえ、ボータの兄貴はあくまでもこいつを庇いなさるんで?それじゃあ組長はどうなんだい。あんたもこいつを庇うのか?」
「…確かにクラトスの土下座は私もショックだったさ。しかし、それで直ぐに組を追い出すというのもどうかと…」
全員の視線を浴び、困ったように口ごもるユアン。
するとそんな気まずい雰囲気の中、クラトスの声が響き渡った。
「…もう、いい。無理に私を庇う必要はないんだ、ユアン。」
「クラトス?」
「へえ〜、じゃあ、あんたはようやく自分が孤立している事に気付いた訳だ。」
クラトスはゼロスに目をやった。ニヤニヤとしながら睨み返すゼロス。
「……皆が私を仲間と認めていない事など、とっくの昔に気付いていたさ。今回の事がそれに輪を掛けてしまった事も分かっている。だが、私は自分が間違った事をしたとは思っていないし、自分から組を辞めるつもりもない。」
そう言って、クラトスは立ち上がると戸口へと向かった。
「おい待てよ。これ程までに皆に嫌われていると分かっているのに、あんたはまだ居座り続けるつもりでいるのか!?組はな。クビになったサラリーマーンの救済所じゃねえんだぜ。」
しかしクラトスは、そんなゼロスの揶揄にも怒る様子はなく、一言こう言っただけだった。
「何とでも言え…。」
そしてそのまま外へ出て行ってしまう。
「チッ!まったく図々しい野郎だぜ!」
ゼロスはパタンと閉じられた扉を睨み付けると、そう吐き捨てたのだった。
「クラトスさん!」
外へ出たクラトスをボータが追いかけてきた。
「申し訳ありません。どうかゼロスの奴を許してやって下さい。あいつはちょっと捻くれてはいますが、根はいい奴なんですよ。」
「分かってます。別に怒ってはいません。」
「あいつは今までも度々暴走しかけていましてね。それをうまく押さえていたのが先代なんです。あいつは先代に心酔してましたから、先代の言う事だけは素直に聞いていたんです。しかしその先代ももういない。今度あいつが暴走した時、あっしや若では押さえられないかもしれない。だが、あなたならもしかしたら…」
「冗談でしょう。ボータさんにも出来ない事を新参者の私にできる筈がない。第一私は彼に嫌われている。」
「あなたとおやじさんは似ているんです。ゼロスはおやじさんにも最初は反抗していました。ですからあなたにもいつか心を開いてくれる筈です。」
「無理ですよ。私にマクスウェルさんの代わりは出来ません。」
クラトスは軽く肩を竦めると歩き出す。
ボータは慌てて後を追うと、クラトスの腕を掴んだ。
「待って下さい、クラトスさん。まだ話は終わっていないんだ。」
「何です?まだ何かあるんですか?」
「クラトスさん、まさか組を辞めたりはしないですよね?私はあなたに辞めて欲しくはない。あなたはレネゲード組に必要な人なんです。」
「……本当にそうなんでしょうか?私には、私がいる事で逆に組がバラバラになってしまうような気がする。」
「!!…そんな…そんな事ありません!確かに今はあなたは皆に受け入れられていないかもしれない。しかしそれは皆がまだあなたという人物をよく分かっていないだけなんです。時間はかかるかもしれませんが、いつかきっと理解してくれる筈です。」
「いつか、ね…。ゼロスもいつか、組の皆もいつか、ですか。」
クラトスの言葉に、目を伏せてしまうボータ。
「すみませんでした。別に嫌味を言ったつもりではないんです。こういう事には時間がかかる事は私にも十分に分かっていた筈なんですが、気付かぬ内に焦ってしまっていたようですね。どうか気を悪くしないで下さい。」
「いえ、そんな…」
「心配しないで下さい。こんな状態で逃げるように辞めるのは私の本意ではない。もう少し頑張ってみますよ。例え皆に理解してもらえなくても、今の私に出来る事をやっていくしかないんですから。」
クラトスはそう言うと、ボータを安心させるかのようにニッコリと笑ったのだった。
その翌日、とある喫茶店で再び二人の男が密談をしていた。赤い髪の男はゼロス。そしてもう一人の緑の髪の男はクルシス組のフォシテスであった。
「で?クラトスを組から追い出す事は出来たのか?」
「あの日以来あいつは事務所には顔を出していない。そりゃそうだよな。組のモンに総すかんを食ったんだ。今更顔を出せねえやな。まだ完全に辞めた訳じゃないが、ああなったらもう辞めたも同じだ。」
「フフフ…そうか。だが、まだユアンとボータは奴を支持しているのだろう?完全に組から切り離すには本人から辞めてもらうしかないかもしれんな。」
「けどよ、あいつは結構頑固だぜ。自分から辞めるなんて事は…」
「心配するな、手は打ってある。誰にでも弱みってモンがあるものだ。まあ見てなって。直ぐに奴の方から辞めさせてくれって泣きついてくるぜ。」
「…もしそうなったら、約束は守ってくれるんだろうな。くれぐれも裏切りは、なしだぜ。」
「心配性だな、坊や。分かってるよ。約束はちゃんと守るさ。」
フォシテスはゼロスの額を人差し指で小突きながらそう言うと、ニヤリと笑ったのだった。
それと時を同じくして、クマさんとウサギさんは他の組員と共に昼食を取りに外に出ていた。何を食べようかと話しながら歩いていた彼等がシンフォニア商店街へと差し掛かった時だった。ふと一方に目をやったウサギさんが驚いたような声を上げた。
「おい、あれ、クラトスさんじゃねえのか?」
「馬鹿。何『さん』付けしているんだよ。あんな奴に『さん』を付ける必要はねえだろが。」
なんて事を言いながらウサギさんが指さす方を見たクマさんは目を丸くした。
「ありゃ、ホントだ。あいつ、あんなトコで何をしているんだ?」
「壊された所を修理してるんじゃないっすかね。事務所にぱったりと来なくなったと思ったら、毎日一人でこんな事をやっていたんすね。」
「……」
「俺達も手伝った方がよくはないっすかね?」
「馬鹿言うんじゃねえ。なんで俺等が手伝わなきゃなんねえんだ。」
「だって壊したのは俺達だし…」
「そんな事は関係ないね。第一こんなボロ商店街、直した所で客が戻ってくる訳がない。結局無駄な事なんだよ。商店街の奴らだって同じような目でしか見てねえじゃないか。やりたきゃお前一人でやりな。俺は御免だぜ。」
そう言ってさっさと行ってしまうクマさん。
「あ、ちょっと待って下さいよ。あっしだって手伝うなんて嫌っすよ!」
ウサギさんは慌ててクマさんの後を追ったのだった。
ウサギさんが言うように、クラトスはあの日以来、毎日この商店街にやってきては破損した箇所を修理して回っていたのだった。
それは孤独な作業だった。クラトスが来ている事は商店街の誰もが知っていたが、手を貸そうとする者は一人としていなかったのだ。それも当然かもしれない。商店街がこうなった原因はやくざにある。彼等にしてみれば今更何をという気持ちにしかなれなかったのだろう。
それでもクラトスはたった一人で通い続けていた。これはクラトスにとって、商店街の人達へのせめてもの償いだったのだ。
そんなある日の事、いつものように一人で修復作業に励んでいるクラトスに声をかけて来た者がいた。振り返ってみると、それは先日クラトスが助けたあの金髪の少年だった。
「君は確か…」
「はい。先日の喧嘩騒ぎの時あなたに助けてもらいました、ミトスという者です。クラトスさん…でしたよね?あの時は本当に有難うございました。もっと早くにお礼に上がるべきでしたのに、遅れてしまい申し訳ありません。」
年に似合わないその口調に、思わず笑みを浮かべるクラトス。
「別にお礼を言われる事はしていない。そもそもあの喧嘩は私達が起こしたもので、君はそれに巻き込まれてしまっただけなのだから。」
クラトスの言葉に、ミトスは複雑な表情を浮かべた。
「…あの…一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「何であなたのような人があんな連中と一緒にいるんですか。おかしいよ、そんなの。だってあなたはどう見ても普通の人だし。」
「あんな連中、か…。だが、彼らだってそんなに悪い人間ではないんだ。ほんの少し世間からはみ出してしまっただけで。」
「……あなたがそう言うのならそうかもしれない。でもやくざはやくざでしょう。あなたが彼等の仲間だなんてやっぱり変だよ。僕、この商店街の人が噂しているのを聞いちゃったんだ。あなたは元々やくざなんかじゃなかった。しかも組の中で孤立しているんでしょう?皆から素人だと馬鹿にされているのに、何故それでも辞めようとしないの?僕がこんな事を言うのはおかしいかもしれないけど、あなたはあの人達と一緒にいるべきじゃないと思う。彼等とあなたじゃ、住む世界が違うんだから。」
「………」
「ごめんなさい。怒った?」
「いや、怒ってはいない。やくざと聞けば誰だって君と同じ反応を示すだろう。だが、君は私を買い被り過ぎている。私も彼等と同じなんだよ。むしろ今までの私の方が間違った世界にいたのかもしれない。」
「え?」
目を丸くするミトスに、クラトスはフッと笑ってみせた。
「…なあんて思って、やくざの世界に身を投じたのだが、正直迷っている事も確かなんだ。やくざの世界は今までの常識が全く通用しないものだから、やる事なす事空回りばかりでね。おかげで君が言うように、今の私はすっかり孤立してしまっている。」
「だったら!」
「どちらにせよ、せめてあの騒ぎの後始末だけはちゃんとやらなくてはならないと思っている。全てはそれが終わってからの事だ。」
「……」
再び複雑な表情を浮かべるミトス。
と、その時だった。
「あれ?もしかしてロイド君のお兄さんじゃないですか?」
声を掛けて来たのは学校帰りの学生だった。彼はロイドのクラスメートで家にも何度か遊びに来た事があり、クラトスとも顔見知りであった。
「こんにちは。お久し振りです。ロイド君は元気ですか?何しろ停学になってから全然会っていないから。」
クラトスは目を見開いた。
「…停学?」
「えっ、もしかしてご存じなかったんですか?…そっか、考えてみたら当のお兄さんに言える訳ないもんな。まずったなあ。」
「当の?…どういう事なんだっ?」
思わず学生の襟元を掴むクラトス。
そんなクラトスの剣幕に学生はすっかりびびってしまったようだった。
「ぼ、僕が話したなんてロイドには言わないで下さいよ。実は先日、ロイドは担任に呼ばれたんです。お兄さんが…その…やくざになったって事が学校で問題になってしまったみたいで…。」
「!!」
「そ、それで…学校を退学になりたくなかったら、お兄さんにやくざから足を洗うよう説得しろって言われたようなんです。その間は停学って事になってしまって…。期限は今月一杯だったものだからてっきりもうお兄さんに話しているものと思ったんですが…。」
愕然として、だらりと両手を下ろすクラトス。自由になったのをこれ幸いと、学生は逃げるように立ち去って行ってしまった。
「停学…私の所為で…」
クラトスの中で、何かがガラガラと音を立てて崩れて行った。
ロイドはそんな事は一言も言わなかった。いや違う。何度か何か言いたそうな素振りを見せた事はあったのだ。それに気付いていながら、私は自分の事で手一杯でこちらから尋ねようとしなかった。
何故話を聞いてやろうとしなかった?たった一人の家族だと言うのに…。
そんな事もできないくせに、何が兄貴だ!?何が親代わりだ!?
私がやくざを辞めるか、ロイドが退学するか、二つに一つ。
ならば迷う事などないではないか。皆に嫌われ孤立している今、ロイドを犠牲にしてまで組に残る事に何の意味がある?
ロイドは勉強は苦手だが学校は大好きだった。学校にはたくさんの友人がいるから…。だが、退学となればその友人達とも別れなければならなくなる。
もはやつまらない意地を張っている場合ではないのかもしれない。私には何よりロイドを守る義務がある。
こうしてしばらく考え込んでいたクラトスは、やがて決意の表情で顔を上げると組事務所に向かって歩き出したのだった。
それを見送るミトス少年の顔には、何やら不気味な笑みが浮かんでいた。
−孤立 前編 終−