プロローグ
とある町の一角に、うっそうとした木々に囲まれた屋敷があった。
広い庭の奥に位置するその屋敷は、歴史を感じさせる古い木造の日本家屋で、それだけを見てもこの屋敷の持ち主は由緒ある家柄であろうことは容易に想像できる。実際、昔は、この屋敷には多くの者が出入りして活気づいていたものだった。
しかしながら、あくまで“昔は”なのである。今のこの屋敷からは以前の活気をみじんも感じる事はできなかった。広い庭はこれ以上ないと言うくらいに荒れており、何年もの間、手入れなどされていない様子であるし、屋敷に至っては妖怪が住んでいるのではと思ってしまうほどボロ家と化していた。
門柱には大きな看板がかけられているが、それはひどく黒ずんで汚れており(もしかしたら木が腐っているかもしれない)、そこに書かれている文字は消えかかっていて、読み取るのには相当の努力を必要とする。それでも根性で何とか読みっとってみると、どうやらそこには「レネゲード組」と書かれているようだった。
さて、その廃屋のようなボロ家で、今、一人の老人が死出の旅に出ようとしていた。
老人の名前はマクスウェル。その柔和な面からは想像できないが、実はこの人物、やくざの組長だったのである。
「レネゲード組」と言えば、ひと昔前までこの辺りで一、二を争う程の大きな組であった。その二代目であるマクスウェルは、昨今では珍しい「堅気の者には決して手を出さず、ヤクとチャカはご法度」という昔流儀を貫いている人物で、シマの一般の人達には好かれていたが、やくざの世界においては時代の波に乗る事ができず、すっかり取り残されてしまっていた。
その為、若い組員達は、あくまでも昔流儀を貫こうとする彼に愛想を尽かして、次々に、敵対する「クルシス組」へと流れて行ってしまい、今ではレネゲード組の組員は十数人にまで減ってしまっていた。今ここに残っている者達は皆、このオヤジさんの人柄に惚れこんで組へと入って来た者達で、マクスウェルの為なら例え火の中、水の中といった連中ばかりであった。
その全員が、今や死にいこうとしているマクスウェルを囲んで嗚咽を漏らしていた。
「わしが至らぬばっかりに、みんなには苦労をかけてしまったな。本当にすまなかった。」
「うわああああああっ!おやじ〜〜〜〜!!」
マクスウェルの呟きに、今までも一人大声で泣いていた青い髪の男が更に大音響を轟かせる。
「わしの亡き後も、皆で力を合わせこのレネゲード組を守っていって…」
「ああ、いやだああああ!死なないでくれ〜おやじ〜〜〜〜〜!!!」
マクスウェルは眉をひそめた。いきなり起き上がると、青い髪の男を殴りつける。
「うるせえぞ、ユアン!一番感動を誘うシーンが、お前の所為で台無しだろうが!少し静かにしねえか!!」
「でも、おやじぃ〜…」
ユアンは更に泣き叫ぼうと思ったが、マクスウェルに睨みつけられて口をつぐんだ。
黙り込んだユアンに満足したのか、マクスウェルは再び布団に身を横たえた。
「色々あったが面白い人生だった。この人生に悔いなしじゃ。」
グスグスとすすり泣く一同。
「…ボータ。」
「はい、おやじさん。」
「金庫の中にノートが入っている。そこに大事な事は全て記しておいた。それに従い、皆でこのバカ息子を盛り立てていって欲しい。」
「はい、わかりました。若の事はご心配なく…」
「ユアンよ。お前が由緒ある我がレネゲード組の三代目だ。しっかりやっていくのだぞ。」
「分かったよ、おやじ。」
「うむ。……おお、天より先代がお迎えに来て下さるのが見える…いよいよお別れのようじゃな。」
「あああ、おやじさ〜〜ん!!」
「さらばじゃ、皆の衆…」
こうしてレネゲード組二代目組長、マクスウェルは、組員達に看取られながら七十年の生涯を閉じたのであった。
そんなわけで、レネゲード組は三代目組長ユアンを中心として、新たに始動を始めたわけであったが、実のところ問題が山積みであった。
組の規模が小さくなるに連れ、今まで持っていたシマのほとんどを敵対しているクルシス組に奪われてしまい、実入りが減ってきてしまっている。その為、組の台所事情は火の車であった。組の事務所兼組員達の宿舎として使われていたマクスウェルの屋敷も借金の抵当に入っており、マクスウェルが死んでしまった為に明け渡さねばならなかった。
だが、そちらの方は、先代のマクスウェルの人徳が物を言い、僅かに残っているシマにある不動産屋が全てを手配してくれた。前述したように、マクスウェルはシマの人達には非常に好かれていた為に、組の危機にも惜しみなく手を差し伸べてきてくれたのだった。
それでなんとか事務所兼宿舎の方は確保できたのであったが、財政事情が火の車である事に変わりはない。しかもその上、マクスウェルという後ろ盾をなくした組員達が事あるごとにクルシス組のやつらに目の敵にされていたのである。今日も今日とてシマの見回りに行った若い者達が泣きながら帰ってきたのだ。
なんだかんだ言ってもマクスウェルはこの辺では名の通った筋金入りのやくざであった。クルシス組の連中も彼に対しては多少遠慮というものがあったのである。言ってみればこのレネゲード組はマクスウェルの傘の元に守られていたのだ。組が小さくなりながらも何とかやってこれたのは彼のお蔭だったのであった。
三代目を継いだユアンはまだ若く、この世界ではひよっ子である。到底マクスウェル程の力は持っていない。しかもこのユアン、マクスウェルが年がいってからようやく出来た一粒種で、少々甘やかされて育った所がある。その所為か腰が弱く組長としても迫力に欠けていた。当然の事、あのクルシス組の奴らがユアンに対して遠慮などしようはずがない。
「このままでは、このレネゲード組の存続も危なくなる。なんとかしなくては……」
ボータは一人悩んでいた。
ボータは十五の時にマクスウェルに拾われて組に入った。それ以来、マクスウェルを実の父と慕いながら、ずっと組にいる古株であった。その為マクスウェルの信頼も厚く、彼からユアンの守り役の任を仰せつかり、ずっと傍で見守って来た。
ユアンは父親譲りの強い正義感の持ち主で、常に弱い者の味方であった。ボータもそんな真っ直ぐな気性のユアンが好きではある。だが、ユアンの場合、力が伴っていないのであった。決して気が弱く喧嘩に勝てないというわけではない。ただ、間が抜けていて単純なのだ。その上、父親のマクスウェルに輪をかけたようなお人好しでもあった。
普通の世界でなら十分にやっていけただろうが、やくざの世界、しかも組長となると話が違ってくる。
「残念ながら、あの人は組長の器ではないのかもしれないな。」
ボータが跡目を継げば一番手っ取り早いのかもしれない。だが、ユアンが三代目になる事は先代の意思であるし、ボータ自身、ユアンを更迭し自分がその座に座ろうなどと考えてもいなかった。
周りの者がしっかりと支えていけば、若だって十分やっていけるはずだ。いや、やっていかねばならんのだ。私がしっかりしなければ…。
そこまで考えてから、ボータはある事を思い出し顔をあげた。
「そういえば先代は金庫に重要事項を書き留めたノートを入れておいたとおっしゃっていたな。雑事に追われすっかり忘れてしまっていた。」
金庫を開けて中を調べてみるとマクスウェルが言ったとおり、確かにそこに一冊のノートが入っていた。
取り出して中を読んでみるボータ。
「すでに私が承知している事ばかりで目新しい事は書いてないな…。こんな物をわざわざ残す必要があったのだろうか?」
首を傾げながらも、あのおやじさんが最後に言い残したのだ、きっと何かあるに違いないと、更に先を読み進めて行く。
すると、数ページめくったあたりでボータの手が止まった。その目が見開かれる。
「これは!!……いや、しかしそんな事が…」
ボータはノートを握りしめると、慌てて事務所を飛び出していったのだった。
−プロローグ 終−