《ゼロス君一世一代の大勝負!》

 クラトスは腕を組みじっと救いの塔を見上げていた。
 今は崩れ落ち下の部分しか残っていないその残骸に目を細める。
 この塔は今の自分の姿を映しているのかもしれない。

 四千年もの長い間、現実から目を逸らし己を偽り続けてきた。
 アンナと出会い、自分の間違えに気付いてからも、目の前にある幸せに浸りきり、やはり何もしようとしなかった。
 結果、全てのものがこの塔のように崩れ去った。
 あの時……アンナを自分の手で殺したあの時、自分自身も死んだのかもしれない。
 ならば、今ここにいる自分は一体何なのだろうか?
 この世に未練を残し、彷徨っている亡霊……

 クラトスは苦笑した。
 ある意味モンスターよりたちが悪いな。

 その亡霊は死んだと思っていた息子に再会し、己の業を少しでも軽減する為に息子を助けようとする。
 いや、違うな。助けてなどいない。
 昔の仲間を裏切り、自分に好意を寄せてくれている青年を利用し、そして全ての責任を息子に押し付けた。
 全ては自己満足のためだけに。

 なんて身勝手な男なのだ。

 オリジンの封印をといた時消え去っていたはずの亡霊は未だ彷徨い続けている。

 もう、いい。こんな事は終わらせよう。
 亡霊は本来いるべき場所に帰ればいい。
 輝く未来のある、息子やあの青年をこれ以上惑わせてはいけない。



 しばらくして、腕を組んだまま微動だにしないクラトスの背後に近づいてくる足音があった。
「何か用か?神子。」
 クラトスは振り向く事もせずに言った。
「私に対して色々と仕掛けてきていたようだが、今度は何をするつもりだ?」

 やっぱり、気付いていたのか。
 ゼロスは鋭い目でクラトスを睨みつけた。

「私に不満があるのなら、私に直接言えばいい。周りを巻き込むのはやめるのだな。それにそんな事をせずとも私はもうすぐいなくなる。それでも今まで利用され続けたお礼参りをしたいと言うのなら、今ここで受けよう。」
 クラトスは振り返り、ゼロスを見つめた。
「それが、この間の俺様の告白に対するあんたの答えか?」
「そうか。そういえばこの間の返事がまだだったな。私は、お前に感謝などされる覚えはない。私は任務で幼かったお前の護衛に当たったまでの事。感謝などされてはむしろ迷惑だ。これが私の返事だ。」
「そんな風に言えば俺様が諦めると思ってんの?あんた、俺がガキのころからそばにいたくせに俺の事なんも分かってないのな。」
「……」
「俺様はさ、それであんたが幸せになれるのなら、デリス・カーラーンに行かせてもいいって思ったりもした。あんたの事をきっぱり諦めようって思ったさ。でも違う。あんた、向こうに行ってやるべき事終えたら死ぬ気なんだろう。」
「!……ユアンから聞いたのか?」
「その顔、やっぱ図星だったみたいだね。あいつ、あれで結構あんたの事理解してるのな。ユアンからそう聞いて俺様決心したんだ。あんたを行かせたりはしない。あんたの手は絶対離さない。」
「何度言わせるのだ。私はお前の気持ちを受け入れるつもりは…」
「あんたって、本当に馬鹿だな。俺様の幸せが何なのかなんてあんたに決めてもらう事じゃない。俺様が自分で決める事だ。俺はもう、死んだ母親のそばで震えて泣いていたガキじゃない。あんたに守られているだけのガキじゃないんだ。俺はもう大人なんだぜ。そりゃ、あんたに比べたらまだまだだろうけど、あんたを支えていけるだけの力はあるつもりだ。」
 ゼロスはクラトスを見て笑った。
「俺様に守ってもらう程落ちぶれちゃいないって言いたそうだな。……なあ、あんた何をそんなに怖がってる?なんでそんなに自分を追い込もうとするんだ?」
「…私は何も怖がったりはしていないし、自分を追い込んでいるつもりもない。ただ、正直な気持ちを言っているだけだ。」
「あんた、とんだ嘘つきだ」
「ユアンからどのように聞いたのかは知らぬが、私が何をしようがお前には関係のない事だ。お前は幼き頃の記憶を美化して私の本当の姿を見ようとしていないだけだ。私はお前が言うほど立派な人間ではない。」
「俺はうわべだけのあんたを好きになったわけじゃない。あんたの良い所も悪い所も全てひっくるめたあんたが好きなんだ。クラトス・アウリオンという人間の全てを愛してるんだよ。」
「……」
 クラトスはゼロスに背を向けた。
「もう…私の事は忘れろ。神子のお前にとって私はマイナスにしかならない。今にもっとお前に相応しい貴婦人が現れる。一時の気の迷いで間違った選択をするな。お前がどんなに私に気持ちをぶつけてこようが無駄な事なのだ。私はもう、誰も愛する事はない。」

 もう、二度と愛する人を失う悲しみを味わいたくはないのだ…
 クラトスは目を伏せ心の中で呟いた。

「そんなの悲しすぎると思わない?それに、俺様はあんたの前からいなくなったりしないよ。あんたのそばにずっといる。」
「!!」
 クラトスはまるで自分の心の中の声を聞き取ったかのようなゼロスの言葉に驚いて振り返る。
 ゼロスは優しい微笑を浮かべクラトスを見ていた。
「…いい加減なことを言うな……出来もせぬ約束を口にすべきではない。」
「嘘じゃない。俺はずっと天使様の傍らにいるよ。」
 ゼロスはクラトスを静かに抱きしめた。
「無理に決まっているだろう。私は天使だ。このままの姿で永遠に生き続ける。お前とは住む世界が違うのだ。」
「…違ったりしていない。お…ん…な……じ…」
「ゼロス!!?」
 突然、ゼロスの力がぬけそのまま崩れ落ちる。
 クラトスは咄嗟にゼロスの体を抱きとめた。
「ゼロス!ゼロス!!どうしたのだ、ゼロス!!」
 ゼロスはうっすらと目をあけ、微笑んだ。
「…だ…いじょ…う…ぶ…しんぱい…し…ない…で」
 苦しそうにそれだけ言うとゼロスは完全に意識を失ったのだった。




「ん…ここは……」
 ゼロスはぼんやりと辺りを見回した。
「ロイド君の部屋?…俺様……どうしたんだっけ?何でこんな所で寝てるんだ?」
 ゼロスが必死に記憶をたどっているとロイドが入ってきた。
「よお、ゼロス、気が付いたのか?気分はどうだ?」
「ロイド君…俺様、どうしたんだ?」
「急に倒れたんだよ。」
 ロイドは額に手を当て、
「熱は下がったみてえだな。」
「倒れたって?」
「覚えてねえの?救いの塔でさ、父さんと話している時倒れたんだ。父さんが運んできたんだぜ。軽い天使疾患だってユアンが言ってた。」

 そうだ…俺は天使様を連れ戻すつもりで救いの塔へ行ったんだっけ…

 ゼロスはいきなりガバッと起き上がり、ロイドの手を掴む。
「そうだ!天使様だ!!ロイド君、天使様は!?」
「心配しなくても、デリス・カーラーンには行っちゃいないよ。」
 ゼロスは安心して大きく息をついた。ロイドはそんなゼロスの様子を横目で見る。
「…お前…天使化したのか?」
「……」
「ユアンに頼んだんだってな。お前は眠っていたから知らないだろうけど、大変だったんだぜ。父さんがユアンに掴みかかったんだ。何故天使にしたんだって。それはもう、すごい剣幕でさ。あんな父さんはじめて見た。」
「天使様が…?」
「親父がさ、言っていたんだ。父さんはお前に好意を持っているって。俺はそんな事認めたくはなかったけど、あの時の父さんを見ちまったら嫌でも認めざるを得ないよな。父さんはお前を愛してる。何よりも大切に思ってるんだ。」
 ロイドはゼロスを睨みつけた。
「それなのにお前は父さんを傷つけた。お前のした事は父さんに新たな重荷を背負わせただけだ。」
 ロイドはゼロスの襟元をつかんで揺さぶり、
「何で天使になったんだ!その事がどれだけ父さんを苦しめる事になるのか考えなかったのかよ!!」
 涙が零れそうになり、ロイドは乱暴に目をこするとゼロスに背を向けた。
「俺はそんな事をさせるためにお前を連れてきたんじゃない。ただ、父さんを思いとどまらせたくて…」

「…天使様は…クラトスは今どこにいる?」

 今まで聞いたことのないような真剣みを帯びたゼロスの声に、ロイドは驚き振り向く。
「ゼロス?」




 小高い丘の上。一軒の廃屋の前に、クラトスは立ち尽くしていた。
 やがて、ゆっくりと小屋に歩み寄ると壊れかかったドアを押し開けた。
 戸口の所で立ち止まり荒れ果てた家の中を静かに見回す。僅かに躊躇した後、中へと入った。
 家具の一つ一つに、実にいとおしげに手を触れていく。その瞳は懐かしそうで、それでいて深い悲しみを湛えていた。
 ふと、床に転がっている物に目を留めそれを拾い上げる。それは小さな熊のぬいぐるみだった。所々やぶけて、中の綿がはみだしているそれを見て、クラトスは寂しげな笑みを浮かべた。
 クラトスはぬいぐるみをテーブルの上にのせ、今一度家の中を見渡すと小屋を出ようと戸口へと向かう。
 その足が止まった。開け放たれたドアの向こうにゼロスが立っていたのだ。
「…全く気配に気付かぬとはな…私も焼きが回ったな。」
 クラトスは外へ出て、小屋のそばにあった大きな岩に腰を下ろした。ゼロスも黙ったままその隣に腰を下ろす。
「ここは、私がアンナを殺した場所だ。」
 クラトスは小屋を一瞥し、
「…アンナが死んだ日以来ここに足を運ぶ事はなかったのだが、ここに来れば気持ちの整理がつくと思いやって来た。しかし…」
 しばしの沈黙の後、クラトスは言葉を続けた。
「…ゼロス…今ならまだ間に合う。クルシスの輝石をはずせ。そうすれば天使化は止まる。昔、私たちが天使となった時、人々は強大な力を得た私たちを羨望すると同時に恐れ、憎んだ。人々は同じ力を手に入れようと私たちを迫害し、付け狙い始めた。誰一人として気付かなかったのだ。その人外の力を手にした時、同時にどれだけのものを失ってしまうかを…。そう言う私たちも、その事に気付かされたのは大分たってからだった。その頃にはもう、全てが終わっていた。」
 クラトスはゼロスを見た。
「あとから悔やんでも遅いのだ。お前には私と同じ過ちを犯させたくはない。今なら戻ることができるのだ。」
「後悔なんてしないよ。俺は輝石を外さない。」
「お前が天使になっても、私はお前を受け入れる事はない。お前が望むような関係にはなれない。」
 クラトスは俯き、目を伏せた。
「お前が倒れてから、私はずっと考えていた。だからここへ来て、もう一度自分の気持ちを見つめ直そうとしたのだ。…しかしだめだった。私はお前を愛している。だが、同時にアンナも愛し続けている自分に気付いてしまった。そんな気持ちのままお前の元へ行く事はできぬ。お前一人のものになる事は出来ないのだ。」
「あんたってホント馬鹿だな。っていうかさ、真面目すぎるよ。言ったはずだぜ。俺様はクラトス・アウリオンの全てを愛してるってね。あんたがアンナさんを消し去ることなんて出来っこない。アンナさんはあんたの中で永遠に生き続けてるんだから。いわば、あんたとアンナさんは一つになっちまったようなもんだ。アンナさんを消してしまったらあんた自身が壊れちまう。俺様はそんな事望んじゃいない。未だにアンナさんを想い続けているあんただからこそ俺は愛したんだぜ。だから俺様はあんたの中にいるアンナさんごと愛していく。アンナさんには迷惑かもしれないけど、二人いっぺんに面倒見てやるよ。」
「ゼロス…」
「でも、そんな事言った俺様があんたを残して先に逝っちまったんじゃ話にならないからな。だから俺も天使になる。同じ立場に立ってあんたの苦しんでる事、悲しんでる事、全てを一緒に背負ってやるよ。だから、逃げるのはもう止めろ。あんたは一人じゃない。俺が共にいるんだから。」
「……人ではなくなるのだぞ。天使というだけで恨まれ、差別されるかもしれぬ。それでもいいのか?」
「クラトスさえいてくれればいい。周りの奴が何を言おうが、ロイド君風に言えば『そんなの糞喰らえ』だ。」
「フッ…」
 クラトスは微かな笑みを浮かべ立ち上がった。空に浮かんでいるデリス・カーラーンを見上げる。
 しばらくそのまま立ち尽くしているクラトスを、ゼロスは黙って見つめていた。
 やがて、クラトスは大きく息を吐き出すと、ゼロスに背を向けたまま呟いた。
「お前の所為で、デリス・カーラーンに行けなくなってしまったな。」
「クラトス!!?」
「責任をとってもらおうか。」
 クラトスはゆっくりと振り返った。
 ゼロスは嬉しそうに笑い、クラトスに歩み寄り、
「もちろん!最初からそのつもりだったよ。」
 クラトスを抱きしめ口付けをした。
 今度はクラトスは逃げようとはしなかった。目を閉じゼロスの背に手を回す。
 その目から一筋、涙が零れ落ちた。

 アンナさん…喜んでくれてるか?それとも怒ってるかな。
 でも、心配しないで。
 あんたからクラトスを奪ったりしないから。そんなこと出来るはずもない。
 俺様、誓うからさ。
 クラトスは必ず幸せにする。泣かせるような事はしない。
 だから…だから、見守っていてくれよな。

 抱き合っている二人のそばを一陣の風が吹き抜ける。
 それは、あたかも二人の新しき出発を祝福しているように感じられた。


−がんばれゼロス君 完−