ゼロス君大忙し


「ふう…さて、次は、と。」
 ゼロスはため息をつくと辺りを見回した。

 ここは救いの塔。
 たった今、彼はロイド達を裏切り、コレットをクルシスへと引き渡してきた所だった。

「ロイド君達、怒ってるだろーな。今、ゲートキーパーと戦ってる頃かな?そのあとにも罠とかいっぱいあるんだよねー。でも待ってろよ。用が済んだら、颯爽と駆けつけて助けてやるからねー。でひゃひゃー、俺様ってカッコいい〜!!」
 ゼロスは格好よく決めている自分の姿を想像しながら、ポケットから紙を取り出した。
「まずはアイオニトスだねー。場所は天使様が地図を書いてくれたからバッチシよ〜。天使様と俺様ってまさに最強タッグだね。」
 ゼロスは地図を見ようと紙をひろげる…がその途端、
「なんじゃ、こりゃ?」
 目をテンにして、『○○にほえろ!』の殉職するジーパン刑事こと松田優作のようなセリフを口にした。(あんたいったい何歳?)
 それもそのはず、そこには、ひん曲がった四角の中にいくつか歪んだ円がかかれており、その中の一つに矢印でここだ!と書かれているだけだったのだ。

「……」

 しばらく固まっていたゼロスだが、我にかえると手の中の紙を握りつぶして走りだしたのだった。




 場所は変わって、ここはヴェントヘイムのクラトスの部屋。
 そこへ息を切らせたゼロスがドアを蹴破り勢いよく中へと飛び込んできた。
 だが、直後にその勢いは、そがれる事となる。部屋の中にひろがる光景に唖然とし、再び固まってしまったのだった。

 クラトスが眠っていた。赤地に白のハート柄のパジャマを着て同じ柄のナイトキャップをかぶり、極め付けにイルカの抱き枕をかかえて。

 一瞬、かわいい〜と思いつつも、すぐにその感情は怒りへと変わる。
 ゼロスは、のっしのっしとベッドに近寄ると、近くにあったウサギのぬいぐるみの耳をつかんで気持ちよさそうに眠っているクラトスをひっぱたいた。
「起きろー!!!この馬鹿天使〜!!!」
「アホ神子に馬鹿呼ばわりされるいわれはない。」
 クラトスは直ぐに目覚めるとむっくりと起き上がり、ゼロスを睨みつけた。
 しかし、姿が姿だけに今一歩迫力にかける。
「あんた、今回の事、俺様に頼む時なんて言った?『私は監視されているから迂闊に動けぬのだ』とか言ってなかったか?それが何よ!ここに来るまで見張りは一人も居ねえ、あんたは熟睡している。一人でがんばってる俺様、馬鹿みてーじゃん!今がどういう時かわかってんの、あんた?」
「若いうちはせいぜい働くことだ。その時の苦労は人間形成の糧となる。それよりロイド達はどうしたのだ?こんな所に来ている暇があったら助けに向かったらどうだ?」
「まだアイオニトス取ってきてねえんだよ。」
「まだだと?……仕事が遅いな。使えん奴だ。」
「!!!」
 ゼロスはふるふると怒りに震えながら、くしゃくしゃになった紙を広げ、クラトスの目の前に突き出した。
「これ見てどこへ向かえと?そもそもこれって地図?わかんねえよ、こんなんじゃ。子供の落書きじゃねえんだから、もっとちゃんと書いてくれよ。」
「これのどこが分からぬというのだ。お前の読解力のなさを棚に上げて、人の苦心の作を、けなすでない。」
「この落書きのどこに読解力が必要なんだよ!!!」
 ゼロスは思わず叫んだが、今ロイド達が危険な状況なのを思い出し、怒りを必死にしずめた。
「とにかく、このままじゃ取りにいけねえから今ここで口で説明してくれよ。」
「仕方がないな……この建物の1階西側の隅に下へとおりる階段がある。最下層までおりると廊下があり、そこを進んでいくと四つ角がある。それを左に折れ、その先を右に。少し行くと広いスペースにでる。いくつかドアがあるが、この図の通り、奥に向かって、右手の側にあるドアの中で奥から2番目のやつだ。」
 必死にメモをとっていたゼロスは顔を上げ、クラトスの書いた地図らしきものに目をやる。

 これって、もしかして最後のスペース内の図か?そこに行くまでの過程が省かれてるってわけ?
 普通わかんねえよな…こんなんじゃ。
 天使様って、普段から自分の感情表現に乏しい人だとは思ってたけど、物事を図式化するのも苦手だったのか?
 こんなの苦心するほどの図じゃないもんな。
 でも本人は出来栄えに満足してるようだし、かわいそうだから指摘するのはやめておこう。

「何か、質問は?」
 説明を終えたクラトスがぼんやりとしているゼロスを睨む。
 ゼロスは足元に落ちていたウサギのぬいぐるみを拾い上げクラトスに突き出した。
「これって天使様の趣味?」
 思わず受け取ってしまったクラトスはそれを見て赤面する。
「こ、これはだな…そ、そう、あとでプレセアにやろうと思ってだな…」
 しどろもどろになるクラトスを見て噴き出すゼロス。
「あんたって、ホントわかりやすいのな。」
「い、いいから、早くいけ〜っ!!!」
 ゼロスは大笑いしながら部屋を飛び出して行った。



 思わぬ出来事で時間をロスしたゼロスは急いでアイオニトスをとりに行き、直ぐにロイド達の救出へと向かった。なんとか全員を助け出して、ほっと息をつく。あのちょっぴりぬけている天使様のせいで大分予定時間をオーバーしてしまい、猛スピードで移動した為に相当疲れきってしまっていた。
 羽を広げ、落ちて行くリフィルの手をぎりぎりの所でつかみ何とか引っ張りあげた時、切羽詰ったゼロスのあまりの形相にリフィルが悲鳴を上げフォトンを唱えたほどだ。しいなを助けに行った時など、思いっきり引っ掻かれたり蹴られたりした。ジーニアスには術の直撃をくらうし、プレセアには斧で真っ二つにされそうになり、リーガルには羽を広げ飛んでいたために、他の天使と間違われ飛燕連脚をくらわされた。

「ったく!二枚目が台無しじゃんよ。…まさかあいつら、わざとじゃねえだろうな。」
 引っ掻き傷や青痣で、見るも無残に成り果てた自分の顔を撫ぜながらぶつぶつと言っていると、
「神子、忘れ物だぞ。」
 振り向くと、蒼い羽を出したクラトスがこちらに飛んでくるところだった。もちろん、着替えは済ませている。
 ゼロスのそばに降り立つとクラトスはなにやら差し出してきた。
「要の紋?」
「コレットのだ。これがなければ、元に戻れぬだろうが。」
 クラトスは要の紋を渡すと、まじまじとゼロスを見た。
「な、なんだよ。」
「いや、随分と男前になったと思ってな。」
「!…あんたねぇ…」
「早く行かねば間に合わんぞ。コレットの意識が完全に消されてからでは遅いのだ。」
「天使様、自分では何かしようとは思わないわけ?」
「もちろん、私は私で動くつもりだが?」
「何をするの?」
「映像を送るための準備をな。」
「映像?そんなもん、どこに何のために送るわけ!?」
 ゼロスの口調がだんだんときつくなってくる。

 俺様がこんなに苦労してるのに、この人は……

「私なりにストーリーを盛り上げようとシナリオを書いておいたのだ。」

 …シナリオって…あんた……。

「まずはロイドにビシッとした私を見てもらうために、この寝癖を直さねばならぬな…。そういうわけだから、神子、あとはうまくやってくれ。期待しているぞ。」
「あんたの髪はいつだってボサボサでしょうがよ!!」
 だが、そこにはもうクラトスの姿はなく、ゼロスはやり場のない怒りを近くの壁を蹴りつける事で解消するしかなかった。



 その頃、ロイド達はというと、コレットの体にマーテルが宿り、復活してしまっていた。
「…ミトス…貴方は、間違っている!」
「姉様まで僕を否定するの?……そんなの…そんなの許さないからな!」
 まさにミトスの力が爆発する寸前、疲れきったゼロスが到着した。

 颯爽と登場するはずだったのに……恨むよ。天使様…。

 泣きそうな顔でコレットに要の紋をつけるゼロス。
 するとそんなボロボロの彼に心配そうにマーテルが囁いてきた。
「…あの…大丈夫ですか?」


 …ああ……なんか俺様みじめ…。
 でもこれからだ!まだ、これから先をきちっと決めればかっこいい俺様のイメージを取り戻せる!

「ゼロス!裏切るのか!?」
 背後からミトスの怒りの声が聞こえてきた。

 きた!ここで格好よく決めるんだ。
 がんばれ、俺様!

 ゼロスはニヒルな微笑を浮かべ振り向いた。
「悪いけど、俺様、こっちに付かせてもらうわ。あんたを倒しちまえば、神子の地位も……?…って、あれ?」
 鋭く自分を睨みつけているはずのミトスがあんぐりと口をあけ、こっちを見ている。
「ちょ、ちょっと、ミトス?」
「…僕が…心配するのも筋違いとは思うけど…その顔はどうしたの?うちの天使達にやられたにしては、その、傷の種類が違うようだけど…痴話喧嘩のあとのお父さんみたいな顔をしているよ。」

 どんな顔よ、それ。

 ミトスはゼロスの顔を覗き込み、
「大丈夫?少し歪んでいるよ。」

 ゆ…歪んでるって…ちょっと、まってよ…ってゆーか、もしかして俺様、敵ボスに心配されちゃってる?
 ぎゃー、メッチャみじめじゃん!俺様、たちなおれな〜い!!!

「ゼロス…悪かったよ。」
 頭を抱えているゼロスにしいなが声をかけた。
「いきなり羽のはえたのが飛んできたものだから、思いっきり引っ掻いちまって。」
「わたしもよ。フォトンなんて思わず唱えてしまって…ごめんなさいね。」
「ぼくも、アイシクルって、やっちゃってごめんね。」
「…私も……本気で斧を振り下ろしました…すみません。」
「私もだ。つい、他の天使と間違えてしまった。申し訳ない。」
 ロイドだけが、訳が分からずきょとんとしている。
「つまり……ゼロス、お前、仲間にやられたってか?」

 ロイド君……そこで、変に要約しないでくれない?
 俺様、マジで昇天しちゃいそうよ。

 ミトスをみると、憐れみの視線をこちらへ送ってきている。

 するとそんな微妙な雰囲気が漂う中、部屋の隅にある装置が作動し、クラトスが現れた。いや、正確に言うと、クラトスの映像が送られてきた。
「まだ、何も終わってなどいない。世界は分けられたまま、種子も発芽していない……何が、終わったと…?」
 そこまで言ってから、クラトスは初めて周りの状況に気が付き、目を見開いた。
「!!…何だ?ミトスがまだ生きているではないか!」
「僕が生きていちゃいけないの?クラトスって、僕に死んで欲しかったんだ。」
「い、いや…そういう訳ではないのだが………」
 映像のクラトスが慌てて手をぶんぶんと振り回す。
 すると…
「どへっ!!!?」
 クラトスが変な声をあげた直後、映像が乱れ今度は生のクラトスが現れた。
「しまった!慌ててスイッチを切り替えてしまった!!!」

「クゥ〜ラァ〜トォ〜スゥ〜。」
 ミトスが不気味な微笑を浮かべてクラトスに近づいてくる。
「どういう事なのか、ゆ〜っくりと説明してもらわなくっちゃね〜?」
 クラトスは、ミトスの背後にいる、コレットの体から出るべきか出ないべきか迷っているマーテルに呼びかけた。
「マーテル!!!」
 うるうるとしたクラトスの瞳に負けたマーテルは、
「ああ……こんな事になるのなら、エルフはデリス・カーラーンを離れるべきではなかった……そうすれば、私達のような狭間の者が生まれてくることもなかったのに……」
 と、強制的に話を進めて種子へと戻っていってしまった。
「ロイド!よいのか?種子を失えば世界は滅ぶのだぞ。今まで協力してくれた人たちの思いを無駄にする事になる!!」

 天使様、どさくさにまぎれて話を進めないでよ。
 種子はまだそこにあるっしょ。
 ミトスなんて話についていけずに呆然としているよ。

「……あ?…あ、ああ…わかった…」
 訳がわからないままにロイド達は、呆然と突っ立っているミトスを攻撃した。
 ミトスは訳がわからないままやられてしまう。
「…終わった。」
「何が終わったというのだ。世界は分かれたまま、種子も発芽していない。………オリジンの封印をとかねばならぬだろう。」

 ああ、そんで、そのセリフに行く訳ですか…

「オリジンの封印をときたければ私を倒すがいい!」
 クラトスはロイド達に背を向けるとそのまま立ち去って行ったのだった。




 さて、場面は変わって、ここはダイクの家。
 オリジンの封印はとかれ、指輪も無事に作り終え、あとは最終決戦のみとなった。
 ロイド達は決意表明まですませ、今はレベルアップや作戦の最終調整を行っている。
 そしてクラトスは、ロイドの部屋を使わせてもらい療養に努めていた。

 ある日、そんなクラトスの元へ、ゼロスが一人で訪ねてきた。
「どうしたのだ?ロイド達はどうしている?一人でこんな所まで戻ってきて大丈夫なのか?」
「もうすぐミトスのトコへ突入するみたいよ。その前にどうしてもあんたに言っておきたい事があったから、ロイド君に許しをもらって俺様一人で戻ってきたわけ。」
「……」
 ゼロスは、窓を開けると外を眺める。
 しばらくの沈黙の後、クラトスへ背を向けたままで話しかけた。
「…あの時…封印を解いた時さ。ユアンが現れるのもあんたのシナリオってやつにあったわけ?」
「…いや、私は死ぬつもりだった。ロイドに再会したその時から覚悟していた事だ。」
「やっぱりね。そう言うと思った。」
 ゼロスはゆっくりと振り向くとクラトスを見た。その目には非難が込められていた。
「あんたはそれでいいだろうけどね。ロイド君の気持ちはどうなるの?父親のあんたを自分の手で殺したという罪の意識にこれからずっと苦しむ事になるんだぜ。」
「……」
「愛する人を手にかける苦しみはあんたが一番わかっているはずだろう。」

「私が、ロイドに自分を殺させる事に対して何も思わなかったとでも言うのか!!!!」

 ゼロスは驚いてクラトスを見た。
 クラトスは俯き、怒りに全身を震わせていたが、すぐに深呼吸をして怒りを静めるとゼロスを見る。

「すまない。つい、感情的になってしまった。」
「いや…あんたは、いつも自分を抑えすぎだ。」
「…エターナルソードを使えるようにするには、オリジンの封印解放が不可欠だ。だが、封印解放が同時に私の死を意味する以上、私自身が使う事は不可能だった。ロイドに託すしかなかったのだ。たとえ、その事がロイドに父親殺しの罪を着せてしまう事になっても…。だが、その罪の意識が全く消える事がないにせよ、薄らぐだろう事は確信していた。あの子には、お前を初め素晴らしい仲間がいる。私がロイドによって救われたように、ロイドも仲間達によって救われていくだろうと。」
 クラトスは言葉を切り、目を伏せた。
「…ゼロス」
「ん?」
「…ユアンを呼んだのはお前なのか?」
「…あんたを死なせたくなかった。でも、必死に考えても方法が思いつかなくて。だから、あいつに相談したんだ。」
「そうか…」
「天使様ってさ。自分は誰にも愛されてないって思ってんじゃないの?」
 ゼロスの突然の言葉にどう反応していいのかわからず、クラトスは困惑の表情を浮かべた。
「他人の自分に対する敵意とか悪意とかは敏感に感じ取るくせに、善意に対しては本当に鈍いのね。あんた、愛されてるんだぜ。ロイド君達はもちろん、ユアンやミトスにもね。」
 ゼロスはいたずらっ子のような微笑を浮かべ付け加えた。
「もちろん俺様も。だれよりも、いっちばん天使様を愛してる。」
「ば、馬鹿なことを!」
「本当の事だぜ。」
「…私は……お前には嫌われているものと…」
「いんや、大好きだったぜ。昔からね。あんたに初めて会ったガキの頃からずっと…。あんたはさ、闇の中にいた俺を光の中へと引っ張り出してくれたんだ。あんたは俺にとって、本当の天使様だった。だから決めてたんだ。天使様が喜ぶ事ならなんだってするってね。今回のやばい仕事を引き受けたのだって、世界のためでもロイド君のためでもない、あんたのためなんだよ。」
「…ゼロス、私は…」

「ちょっと、待った〜!」
 ゼロスは慌ててクラトスの口を塞いだ。

「今日は告白だけ。返事は全て片がついてからね。あ、あと一つだけ言っておくわ。俺様、ロイド君の代わりは嫌だから。俺様は天使様の息子じゃないし…。つまり俺様自身をちゃんと見てほしいって事。」
 ゼロスは赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。
「話はさ、こんだけだから。あんまし遅くなるとロイド君に怒られるから俺様戻るわ。天使様も早く元気になってね。そんじゃ。」
 ゼロスは早口でそれだけ言うと逃げるようにロイド達の元に戻っていってしまった。

 一人になったクラトスはしばらくゼロスが去っていった入り口を見つめていたが、やがてため息をつくとベッドへ体を横たえた。
 そして、目を閉じると小さな声で呟いた。
「世界が平和を取り戻したら、私は……もう、この地には……」
 そのまま、クラトスは眠りへと入っていったのだった。


 部屋の中を爽やかな風が吹き抜けていく。
 大地が元の姿に戻り、平和な世界に戻るまであと少しという所まできていた。


−ゼロス君大忙し  終−