ここはメルトキオ郊外にある一軒家…お城のような立派な家。
 その家の前に今二人の男が立ってその家を見上げている。
「どうよ天使様。気に入ってくれた?」
「大きな家だな…」
 言わずと知れたゼロスとクラトスである。
 ゼロスはクラトスの手をとって中へと入って行く。
「前に貴族が住んでいたんだけどメルトキオに引っ越しちゃってずっと空家になっていたんだ。」
 きょろきょろと中を見回しているクラトスを見てゼロスは微笑んだ。
「長いこと人が住んでなかったからあちこち傷んでいたけど、ちゃんと修理して磨き上げたから新築同様でしょ!どう?気に入ってくれた?」
「大きくてきれいな家だ。文句などある筈がない。」
 クラトスはそう言いながら見回していたが、困ったようにゼロスを見た。
「…しかし、少々広すぎやしないか?私一人が住むのなら、そこら辺にある小さな小屋で十分なのだがな。仕事も探しているし、仕事に就けば家にいる時間もほとんどなくなるだろう。食べて寝れるだけのスペースがあればいいのだ。こんな広い家は私には勿体ない。こんなに広くては掃除だって一苦労だろう。せっかく探してくれたお前には申し訳ないのだが、やはり家は手頃なのを自分で…」
「ちょっと待った〜〜〜!!!」
 ゼロスはクラトスの目の前に手のひらを突き出して、『自分で探す』と言いかけたのを遮った。
「誰が天使様一人が住むって言った?」
「えっ?」
 キョトンとした顔のクラトスを見てゼロスは額に手をやった。
「…まったく、どこをどうしたら一人で住むって事になっちゃうわけ?俺様が何の為に苦労してあんたのデリス行きをひき止めたと思っているの?天使様を寂しく独り暮らしさせる為じゃないんだよ。」
「いや…しかし…?」
「あ〜〜〜〜もおっ!俺様が一緒に住むに決まってるっしょ!!!」
「へ?」
「それに天使様は仕事なんてしなくていいの!俺様には二人が一生遊んで暮しても使いきれない位のお金があんの。分かる?」
「一生と言うが私は天使だ。この先何年生き続けるか分からんのだぞ。それにお前とて天使になったのであろう?」
「例えで言ったんでしょうが!!とにかく天使様は仕事なんてしないで俺様のそばにいてくれればいいの!!」
「いや、だがな…」
「何?まだ何かあんの?」
「それでは私がお前のヒモになってしまう…」
 ゼロスは目を丸くした。
「…そんな言葉どこで覚えたわけ?」
「長くなるが聞くか?」
 ゼロスは反射的に頷いてしまった。
「この間ユアンに会ってな。なんでも奴はテレビ放送とかいうのを今度始めるらしいのだ。それは今までのラジオと違って映像が見れるらしくてな。アナログより地デジがいいとかなんとか言っていたがよくは分らん。それでその放送の為に作ったドラマとかいうのを何本か見せてもらったのだ。 その中に『一発!お仕事人』とかいうのがあってな。知ってるか?」

 何、それ?ポルノ?
 …てか、まだ放送されてないんじゃ知ってるわけないっしょ。

「ナカムラ・モンド−という者を始めとした5人組のお仕事人が悪を退治するミズホを舞台にした壮大なドラマでな。」

 あ…ポルノじゃなかった…

「それに出てくるイスケという奴がこれはまた悪い奴でな。女にみつがせて自分は博打にあけくれ、使い物にならなくなったらその女を岡場所にたたき売り、また別の女へと渡り歩く遊び人で…」

 いや…イスケはもういいから…大体分りました、どこで覚えたのか…
 忘れていた…天使様は普段無口な分、こんな風に一度波にのってしまうと際限なく話し続けるんだった…
 こうなったらもう誰にも止められない。
 うっかり止めようものなら裁きの光で黒こげにされるのがオチだ…

 結局、それから数時間、目を爛々と輝かせ語り続けるクラトスの相手をする羽目になったのである。
 ゼロスはうっかり頷いてしまった自分を悔やんだのだった。
「…と、言う訳でイスケ一味はお仕事人たちに退治されたというわけだ。このドラマを見た後、ユアンがイスケのような奴をヒモというのだと説明してくれたのだ。」
 ゼロスはぐったりと疲れ切っていた。

 最初から終りの二行分だけ話してくれれば十分だったのに…

 ああ、これでやっと本題に移れるとほっとしたゼロスだったが、
「で、何の話をしていたのだったかな?なんか大切な話だった気がするが…」
 というクラトスの一言に再びダメージを受けひっくり返ってしまったのである。



「大丈夫か、ゼロス?済まなかったな。話が大きく逸れてしまったみたいで…」
 ゼロスはソファーに横になっている。
「い、いや…いいって。気にしないで。それより天使様、俺様とここで一緒に暮らしてくれる?」
「ああ…その…お前がそれで良いというのなら…」
 クラトスは赤くなって目を逸らした。その仕草だけでゼロスは元気百倍になる。
「ホントに!?」
 ゼロスは跳ね起きた。
「それじゃあ、早速準備しなくちゃね。執事とかメイドとか30人ぐらいいればいいかな!!」
「いや、そんなものはいらぬ。」
「へ?それじゃあ天使様だって困るっしょ?」
「家事は全て私がやる。お前が働いているのだ。その位私にやらせてくれ。」
「でも…」
「大丈夫だ!!私とて、だてに4000年生きてきた訳ではない。家事ぐらいは立派にこなしてみせる。
本日から私はこの家の主夫になる!!!」

 胸をはってそう宣言したクラトスをみて、ゼロスは少々不安を覚えたものの無理矢理に笑顔を浮かべたのだった。




 チュンッチュンッチュンッという小鳥のさえずりと共に柔らかな光が、ベッドで眠っているゼロスへと差し込んできた。
ゼロスは眠たそうに目を開けた。一人では広すぎるベッドの上で大の字になってしばらくぼんやりと天井を眺める。
「…もう、朝か…」
 クラトスと二人で暮らす事になって始めて迎える朝。
 本当ならば、天使様とラブラブの一夜を過ごして今朝は幸せ一杯で目覚めるはずだった。

 “ウフン、ゼロスったら昨夜はあんなに激しくて私困っちゃったわ〜”
 “だって〜天使様ったらメチャメチャ可愛いんだも〜ん”
 ベッドから出ようとしている可愛いお尻をなぜる。
 “ウ〜ン、エッチィ〜 駄目。続きは、こ・ん・や…ね?”
 “愛してるよ…ハニー”
 “愛してるわ、あ・な・た…チュッ”
(一体こいつら誰? それにこの情けない表現力ってどうよ…管理人談)

 な〜んて感じに朝を迎えるはずだったのに…今ゼロスは一人寂しくベッドの上にいた。
 それというのも昨夜…

「え〜〜〜!何で別々の部屋で寝るわけ?」
「こんなに広い家なのだ。なにも窮屈な思いをして二人で寝る事あるまい?それに私は今夜はこれを見る事に決めている。」
 クラトスはゼロスの鼻先に何かを突き出した。
「『レアバード男』?…何これ?」
「ユアンが貸してくれたデェーブイデェー(DVD)ってやつだ。もてない男がレアバードの旅で知り合った女性に恋をするという涙、涙の大スペクタル(?)ロマンだそうだ!親切にもユアンはこれを見る装置も貸してくれてな。今夜はこれを見て感涙にむせようかと思っているのだ。他にもいっぱい貸してくれたぞ。お前も見るか?」
 クラトスは大きな袋をどさりと置いて中をゼロスに見せる。
「レネゲード放送局で今後放送する予定のドラマをコピーしてくれたのだ。まだ放送前の物だからな、これで世間よりいち早く情報を得ることができる。もうこれで『時代遅れの石頭ジジイ』などとは誰にも言わさんぞ!」

 誰かそんな事言ったの?…いや、それよりも…

「これから毎晩それ見るつもり?」
「昼間は家事で忙しくなるだろうからな。夜しか見る時間がないだろう。大丈夫だ。これで得た情報は逐一お前に報告しよう。お前も常に流行の先端に立つ事ができ、高貴な人格にますます磨きがかかるぞ。それでお前が世間の人達に敬われる存在になれば、それだけで私は幸せなのだ。」

 いや…そんな事に一所懸命にならなくていいから。
 そのエネルギーはもっと別の事に使って欲しいんですけど…

「というわけなので私はこれから部屋にこもる。明日の朝また会おう。それではな、おやすみゼロス。」
 呆然と立っているゼロスを残し、クラトスは大きな袋をズルズルと引きずりながら退出していった。

 何?一体どうなってるのよ、これ…?
 もしかして早くも家庭内別居とか?

 あまりの事に混乱してしまったゼロスは、その夜一睡もできずにこうして朝を迎えてしまったのだった。
 クラトスには、二人で暮らすという事がどういう意味をもつのか徐々に教えていかなくてはならない。

 そんな事を考えながら、ゼロスが眠い目を擦りながら1階に下りて行くと朝食のいい匂いが漂ってきた。
 ゼロスの眠気は一気に吹っ飛び、嬉々として階段を駆け下りていった。
 テーブルには皿が並べられ後は盛りつけるだけとなっており、キッチンの方からは先程のいい匂いがしてきている。

 うわ〜これぞマイスイートホーム!! 
 まさに新婚ほやほやって感じ?

「天使様〜!朝食作ってくれたんだ〜。俺様感激!!!」
 ゼロスはキッチンに向かって叫んだ。
「当たり前だろう。主夫業は私がきっちりこなすと言ったはずだ。」
 声と共にクラトスが姿を現した。その声に嬉しそうに振り返ったゼロスの笑顔が固まる。
「…天使様、その格好は?」
 クラトスは白い割烹着を着ていた。頭には三角巾を被って手にはおたまを持っている。
「お前と暮らす事になったお祝いにと、ロイドとコレットから貰ったのだ。世の女性はこれを着けて家事をするらしいな。成程、これは動きやすいし服も汚さずに済む。便利な装備だな。」

 いや…間違ってはいない。
 いないのだけれど…近所のお婆ちゃんじゃないんだから、やっぱりフリフリのエプロンを着けて欲しかった…
 ロイド君、コレットちゃん、俺様恨んじゃうよ…

 甘い新婚生活(そもそも二人は結婚していないのだが)の夢が次々に破られていく事でゼロスの心は奈落の底へと落ち込んで行った。そんなゼロスをよそに、クラトスはいそいそと出来たてのスープをよそっている。
 そうして料理が並べられ二人は朝食を食べ始めるのだった。
 ゼロスはまず、一口スープを飲んだ。それを見たクラトスが言った。
「どうだろうか?ここへ来る前に料理の本を買い込んで研究したのだが、口にあうか?」
 恥ずかしそうに頬を赤く染め上目遣いに見るクラトス。

 ドキュ〜〜〜ン(ゼロスのハートが矢で射られる音)

 割烹着姿で威力は半減するものの、クラトスのその仕草は十分ゼロスを魅了した。
「すっごく美味しいよ。天使様の作るものは何だって美味しいのにその上俺様の為に本で研究してくれたなんて…。ああ、幸せだな〜〜〜!」
「そうか?お前がそんなに喜んでくれるのならこれからも頑張って美味しい料理をつくるからな。」
「うん!有難う天使様!!」

 ゼロスはこの時、至福の境地に酔いしれていた。
 この幸せが長くは続かない事を、ゼロスはまだ知らなかったのである。




「それじゃあ仕事に行ってきます。」
「うむ。気をつけてな。」
 門の所まで見送られ、幸せ一杯のゼロス。これで『行ってらっしゃい』のキスがあれば…なんて考えている。
しかし、それを今のクラトスに望むのは無理な事だと分っていた。近いうちにそんなシーンのあるドラマのDVDでもユアンに借りてきてそれをクラトスに見せるとしよう。そうすればそれが世間の常識だと思いこみ、やってくれるようになるに違いない。
ゼロスはそうなったクラトスの姿を想像し、一人ニヤニヤとしていた。
そんなゼロスの前になにやら新聞紙で包まれたものが差し出される。
「ん…何これ?」
「弁当だ。毎日外食ばかりだと栄養が偏ると思い、今朝作ったのだ。持って行ってくれ。」
 ゼロスの中で、愛妻弁当が貰えた喜びと、何故新聞紙なんだ?土方のおっさんじゃないんだから…という思いが天秤にかけられていた。結果、喜びの方へ傾いたらしく、
「うわ〜愛妻弁当!?俺様嬉しいな〜!!!」
と、満面に笑みをたたえて、受け取った弁当をぎゅっと抱きしめた。
「喜んでくれたのは嬉しいのだが、そんな風にすると匂いが移るぞ。」
「匂い?何が入ってるの?」
「沢庵と、ニンニクたっぷりスタミナ餃子が入っている。ついでにキムチも入れておいた。他にも色々入っているぞ。」
 ゼロスは慌てて両腕を伸ばして出来るだけ弁当を体から遠ざけた。それを見たクラトスは、
「そうだな…それでは持ち運ぶのにも一苦労だな。これを使うと良い。」
と言ってどこから持ってきたのか木の棒を取り出し、その先に弁当を紐で結わい付けた。それを肩に担いでみせる。
「どうだ。これで運び易くなっただろう?」
「…い、いや…そ、それはそうだろうけど…飛脚じゃないんだから、俺様としては紙袋か何かに入れて貰えると嬉しいんだけど…」
「そうか?それもそうだな。今入れてくるからすまんが少し待っていてくれ。」
 担いだままの恰好でテケテケと走って行くクラトスの後姿を見て、ゼロスは○○急便のマークを思い浮かべるのだった。




「それじゃあ、行ってきます。」
「ああ、気を付けてな。」
 再び出掛けの挨拶を仕切り直し、今度こそ本当に出掛ける事となる。
 トボトボと歩きながらゼロスは朝からひどく疲れを覚えた。この生活が毎日続くのかと思うと少々憂鬱になる。
 決してクラトスの事が嫌いになったわけではない。一緒に暮らせてそれはそれで凄く嬉しいのだ。ただ、彼のあの奇行はなんとかならないものか。あれさえなければ抜群に幸せなのに…
 それは追々自分が直してあげるしかないのかもしれない。新たな使命感に燃えるゼロスであった。
 しばらく歩いてから、この辺からはレアバードに乗っていくかと何となく家の方を振り返ったゼロスははっとした。
 クラトスがまだ門の前に立っており、自分に向って両腕をいっぱいに伸ばして大きく振り続けている。
「天使様…もうとっくに家の中へ入ったとばかり思っていたのに…」
 ゼロスは感動に涙ぐんだ。

 ああ、自分はなんて罰当たりな事を考えていたのだろう。
 天使様はあれで本当に一所懸命なのだ。自分を支えようと必死に努力してくれているのに…
 少しぐらいの奇行がなんだ!あんなものは時間とともに徐々に直っていくだろうに。
 ごめんね、天使様。あんな事を考えた俺様を許してね。
 天使様はあんなにも可愛らしく俺様に愛情表現をしてくれている。
 それに応える為にも俺様はもっと頑張って天使様を守っていかなきゃ駄目なんだ。

 ゼロスは決意をかため顔を上げると、溢れる涙を拭い取り、未だ門の前にいるクラトスに向かって笑顔で手を振り返すのだった。
「行ってくるね、天使様〜!頑張って今日は早めに帰るようにするから寂しいだろうけどいい子にしていてね〜!」
 そしてレアバードにまたがり飛び去って行った。

 さて、当のクラトスはというと…

『ラジオ体操第一、よ〜い!腕を大きく上げて振り回しましょう〜〜〜!イッチ、ニッ〜!イッチ、ニッ〜!』

 ボリュームを最大にしてラジオ体操をしていた。
 ふと、振り回していた手を止めてキョロキョロと辺りを見回す。
「今、ゼロスの声が聞こえた気がしたが…まあ、いいか。」
と、再び体操を始めた。

『…はい、足を大きく上げて〜。キック、キック!!』

「うむ。このレネゲード放送のラジオ体操は本当にいいな。ユアンに教わり4000年間、この放送が始まる前から続けているがおかげで風邪ひとつ引く事もなく健康に過ごせている。うん、実に良い!!」

『…はい、腰をフリフリ振りましょ〜う!クイッ、クイッ!』(振ってばっかりじゃんこの体操…by作者)

 クラトスは笑顔で腰を振っている。

 そう、クラトスはゼロスの事など全く見ていなかったのだ。この事を知ったらゼロスはどう思うだろう。結局は知ってしまう事になるのかもしれないが、今は知らずにいた方がいいのかもしれない。勘違いとはいえ、今の彼は幸せ一杯なのだから…。

『…はい、大きく息を吸ってぇ〜深呼吸〜。吸って〜吐いて〜。はい、今日も一日元気にまいりましょ〜う。』

 クラトスは深呼吸を終え、ガッツポーズをとった。
「うむ!モリモリ元気がわいてきた。今日も一日有意義に過ごせそうだ。」
 ラジオのスイッチをきって大きく伸びをする。
「さてと、何から手をつけようかな?」
 ニコニコと揉み手をしながら考えを巡らすクラトス。
「ふむ…やっぱりまずは掃除かな。洗濯機に洗濯物を放り込んで、その間に掃除をしてしまおう!なんといっても掃除は家事の花形だからな。これぞ主夫という気分に浸れる事間違いなしだ。」
 クラトスはラジオをかかえると、口笛を吹き吹きスキップをしながら家の中へ入って行ったのだった。


−つづく−