6.ゼロスの想い 後編


「隊長でしたら、謁見の間に行かれました。」
 兵士の返答に、ゼロスは溜め息をついた。
 隊長に会いに城に来たまでは良かったのだが、その肝心の隊長がなかなか捉まらず、今まで城内を彼方此方走り回されていたのだ。この衛兵詰所に来るのは本日2度目となる。
「こういうのってあり?一体どうなってんのよ…。まあ、あの人らしいと言ったらそれまでなんだけどさ…」

 衛兵とは城の警備と、王族やそれに準ずる要人の警護を担当している部署である。それ故、任務において宮中での作法を要求される事もあり、他の隊と違って7割近くを貴族の兵が占めていた。
 そのような隊を仕切るのだから、隊長は代々上級貴族が務めるのが常だったのだが、現隊長は少々毛色が違う。
 彼の身分は下級貴族だった。下級貴族と言えば貴族とは名ばかり。その扱いは平民と同様で、上・中級貴族が将校からのスタートとなるのに対して、下級貴族は平の兵士からのスタートとなる。当然出世など見込める筈もなく、彼もそんな事は考えていなかっただろう。
 だが低い地位にありながらも文にも武にも秀でていた彼は、直接表舞台には出なかったが今まで数々の功績を挙げてきていた。その才がたまたま国王の目にとまった事で、20年目にしてようやく現在の地位まで引き上げられたのだった。
 そんな長い下積み生活の経歴の持ち主だからだろうか、彼は他の隊の隊長のように自室にてじっとしているのを好まず、自ら現場を見て回る事が多かったのだ。
 その結果がこれである。

「さてどうするか…」

 ここで戻って来るのを待っていようかとも思ったが、この調子ではここには戻らずまた別の所へ行ってしまうかもしれない。なによりクラトスの事を思うとこのままじっとしてなどいられそうもなく、そこで再びすれ違いにならない事を祈りながら謁見の間に行ってみる事にしたのだった。
 そしてその選択は正しかったようで、謁見の間へと続く廊下にてようやく退出して来た隊長を見付ける事が出来たのである。
 ゼロスはホッと安堵の息をつくと駆け寄ったのだったが…。

「隊長!」
「これは神子様。陛下に謁見ですか?」
「いや、今日用事があるのはあんたの方。」
「私に?はて?それはどのような?」
 なんとなく隊長の態度がよそよそしい。
 ゼロスは少々不安を覚えたもののここまで来て引くわけにもいかず、隊長を隅に引っ張って行くと、少し声を落とし言った。
「あんたの部下が捕らえたという天使について情報がほしいんだ。」
「……」
「わざわざ呼び出されたんだ。たった今あんたが陛下と話してきたのも、恐らくそれに関係があるのだろう。何か新しい命令が下りたのか、それも含めて詳しい事情を知りたいんだよ。」
「…神子様、申し訳ありませんがそれは無理な相談というものです。お分かりでしょう?たとえ相手が神子様であろうが、命令の内容を漏らす事は出来ないのですよ。」
「もちろん無理は承知しているさ。でもこんな事を頼めるのはあんたしかいないんだ。お願いだ。あんたには迷惑がかからないように細心の注意を払う。だから頼む!」
「……」
 隊長はしばらくの間、必死に頼み込んでくるゼロスをじっと見詰めながら考え込んでいたが、やがて目を伏せると、
「……申し訳ありませんが、出来ないものは出来ないのです。お話がそれだけでしたら、もうよろしいでしょうか?少々急ぎの用事があるものですから、これで失礼させていただきます。」
 そう早口で言って会釈をすると、逃げるように行ってしまったのだった。
 ゼロスはその背中を呆気にとられた表情で見送るしかなかった。
「駄目だったか…」
 肩を落とし歩き始めるゼロス。
 考えてみれば当然かもしれない。隊長とはゼロスが少年の頃、デリス・カーラーンへ帰ったクラトスの後任として1年程警護についてもらったきり、もう何年も会っていない。こんな時だけ頼られても迷惑なだけだろう。
 それでも期待してしまったのは、彼が他の兵士と違っていたからだった。
 クラトスが去った後、何人もの兵士がゼロスの警護についたのだが、うまくいったのは隊長(当時はまだ隊長ではなかったが)一人だけだった。彼の古武士のような実直なところがクラトスと重なり、好感が持てたからかもしれない。
 ゼロスは彼を信頼していた。そしてそれは彼の方でも同じだと思っていた。
「俺様とした事が、ちょっと甘かったかな…」
 しかしこれで情報源が断たれてしまった事になる。どうしたものかと途方にくれるゼロス。
 と、その時だった。一人の衛兵が近付いてきたと思ったら、すれ違いざまゼロスに小声でこう言ってきたのである。
「2時間後に兵営警備室においで下さい。隊長がお待ちしております。」
「!!」
 驚いたものの振り返る事はしなかった。
 あの隊長がこのようなまわりくどい真似をするからには、何か意味がある筈。それをぶち壊してしまう程ゼロスは馬鹿ではなかった。
 ゼロスは何事もなかったかのように衛兵の横を通り過ぎると、約束の刻限までの時間つぶしに街へと出ていったのだった。


 それから2時間後、ゼロスは兵営へとやって来た。
 隊長は警備の兵に話をしておいてくれてたようで、ゼロスは着くとすぐに警備室奥にある部屋へ通された。
「先程は大変失礼致しました。」
 警備の兵士に案内されてきたゼロスを迎え入れると、早速詫びる隊長。
「いや、俺の方こそあんたの立場も考えず、しかもあんな場所で…。配慮が足りなかった。」
「いえ。私の立場などどうでもよかったのですが、ただ……。気が付かれませんでしたか?あの時廊下の隅に教会の者が3人程いたでしょう?」
「え?…ああ。」
「今はちょっと、私があなたと懇意にしている事を彼らに知られたくなかった。それで内密にここへ来ていただいたわけです。ここなら話を聞かれる心配もありませんからね。2時間後と指定したのは、それだけ間を置けば教会側の尾行もなくなるだろうと思ったものですから。」
「尾行?」
「ええ。実際にそんな事が行われたかは分かりませんが、話の内容が内容だけに念には念を入れたわけです。」
「?」

 どうも話が見えない。
 確かにあの場に3人の神父がいたのは記憶している。だがそれが何だと言うのだろう。
 城内には教会を管轄する部署も設けられており、そこを訪れる教会関係者も多い。だから神父がいたとて別段不思議な事ではない筈である。
 それに自分と隊長との繋がりを知られたくなかったとはどういう事なのか?

 すると、そんな考え込んでいるゼロスに隊長がこう尋ねてきたのである。
「神子様……本当に何もご存じないのですか?」
「え…?」
 眉をひそめるゼロス。
「どういう意味だ?…俺はただクラト…いや、天使が捕まったと聞いて詳しい事情を知りたいと思っただけだ。」
「それで出来ればあの天使を助けたいと思っている?」
「当たり前だろう!あの天使は悪ではない。それは俺が一番よく分かっているんだ。」
「成程…。それであなたには何も話さずに事を進めたというわけか。」
「!?…だからどういう意味なんだよ、それは!」
 隊長はいきり立つゼロスをじっと見詰めていたが、やがて溜め息をつくと、
「神子様、落ち着いて聞いて下さい。先程私が陛下から受けたのは、あなたが守りたいと思っているその天使の移送命令なんですよ。」
「移送?」
「ええ。監獄塔へね。」
「監獄塔!?馬鹿な!それじゃあ丸っきり囚人扱いじゃないか。……だって陛下は密告を信じていたわけじゃないんだろう?だから捕らえた天使をこの兵営に留め置いていたんじゃ…」
「確かにおっしゃる通りです。陛下が天使を手配したのも、密告があった手前、一応当人から事情聴取しておいた方がいいだろうという程度の気持ちだったと思います。無論牢獄へ叩き込もうとは全く考えていらっしゃらなかったでしょう。……最初はね。」
「『最初は』って…」
「心変わりしたんですよ。」
「!?」
「…………実は神子様。今日私が謁見の間に伺った時、そこには陛下以外にもう一人、枢機卿も同席していたのです。ご存知のように枢機卿と言えば教会で教皇に次ぐ権力の持ち主だ。そんな人物の同席が何を意味するのか、もう神子様ならお分かりでしょう?」
「……つまり、今回の件に教会が関与していると?」
「もちろんあの二人が話し合っている現場を見たわけではありませんから、これはあくまで私の推測にすぎませんが……あり得ないとお思いですか?」
「…いや。」
 すぐに頭を振るゼロス。

 そう、あり得ない事ではない。
 4000年もの長い時をかけて民衆の中に浸透させてきた信仰心はそう簡単に消えてしまうものではなく、クルシスが崩壊した今でもマーテル教は存在する。それどころか二つの世界が統合された事による不安から、救いを求める者が逆に増えているぐらいなのだ。その結果、今では教会のトップである教皇の力は国王も凌ぐ程になっており、それだけ政治に対する発言力も以前よりずっと強くなっていたのである。
 しかも現教皇は先の教皇同様ハーフエルフ差別の急先鋒だった。現在ゼロスが中心となって推し進めている『ハーフエルフ救済政策』に対しても今まで散々横やりを入れてきており、果ては政策そのものを廃止に持ち込もうと目論んでいる事は明らかであった。

 そうか、だからさっき隊長は俺に『本当に何も知らないのか』と尋ねてきたのか。

 尤もな疑問だ。教会内で起きている事を神子である自分が知らないなど誰が考えてもおかしいと思うだろう。
 もちろんゼロスとて教皇の動きには警戒もしていた。しかしまさかその矛先が自分ではなくクラトス達に向くとまでは考えていなかったのだった。
「くっそっ!!」
 テーブルにこぶしを叩きつけるゼロス。
 自分の甘さに腹が立った。
「…それじゃあ、もしかして陛下が急に考えを変えたのも…。」
「恐らく枢機卿が何か耳打ちしたのでしょうが、それだけが理由ではないでしょう。ああ見えて陛下はただ教会の言いなりになるような方ではありませんからな。教会側と利害が一致したとみるのが妥当でしょうね。」
「天使が目の上のこぶであるのは陛下とて同じ……。いや、しかしあの天使がいなかったら今の平和がなかった事は陛下だって分かっている筈だし、ハーフエルフ救済策にしたって理解を示して協力してくれていた。それなのに…。」
「陛下にとって一番大切なのはこの国の民だという事です。この先災いの種になりかねないクルシスの天使やハーフエルフとこの国の民を天秤にかけた時、どちらに傾くかは考えるまでもないでしょう。」
「!!災いの種って何だよ!」
「神子様。私は一般論を申し上げているのです。先の騒乱からまだ1年しか経っていない。未だ民衆の記憶の中にはあの時の恐怖が鮮明に残っているのです。この世界の人間にとってクルシスやハーフエルフは恐怖の対象でしかないのですよ。そんなところへ今回の密告の件が噂になってごらんなさい。大混乱が起きるのは必至だ。もちろん私はこの数日間あの天使をずっと見てきましたから彼の人となりは十分に分かっておりますし、彼があんな事をしでかすとは思っておりません。ですがこれは接したからこそ分かる事。この世界の人間は彼に会った事もない者が殆どなのです。噂を丸呑みしたって仕方がない。」
「……」
「だから陛下は教会側の話に乗ったのでしょう。混乱が起きる前に大元の天使を排除してしまえばあの密告はデマだと片付けられますから。」
「……そんな…」
 国王は非常に慎重な人物である。決断まで多くの時間をかける事も珍しくなく、その代わり一度決断したら余程の事がない限り翻す事はない。もはやゼロスの言う事にさえも耳を傾けようとはしないだろう。つまり説得の道が断たれてしまったという事だ。
 頭を抱えガクリと椅子に腰を下ろすゼロス。
 隊長はしばらくの間そんな彼を見詰めていたが、やがて感慨深げに言った。
「……神子様、変わられましたね。」
「え?」
「あの天使の為に一喜一憂して……昔の神子様からは想像できない姿だ。何しろあの頃の神子様と言ったら、他人の事には全く無関心。顔は笑っていても腹の中では何を考えているのか分からないような方でしたから。」
「俺、そんなに酷かったか?」
「少なくとも他人の為に必死になるような方ではなかったですね。……いや、お気に障ったのならお許しください。それだけ神子様が変わったと言いたかっただけでして。でも私は今の方がずっと人間らしくて好きですよ。だからこそ先程咄嗟にあなたとは全く関係がないというよう振る舞ったのですから。」
「え?」
「よろしいですか?囚人の逮捕、護送は本来衛兵の仕事ではないのです。それでも天使を連行したのが私の部下だったから、陛下も最後まで私に任せようとお考えになったのでしょう。そんな時、もし私が神子様と懇意にしている事が知られたらどうなります?当然天使は私の手を離れ教会側に引き渡される。そうなったら即処刑となる事は目に見えているではありませんか。」
「!!」
「ですが幸い知られる事なく、今もまだあの天使は私の管理下にあります。それは監獄塔に送られた後でも変わりません。権限が私にある限り、彼を教会から守る事が出来る。もちろん陛下から処刑の沙汰が下れば従わざるを得ないでしょうが、それでも時間稼ぎくらいは出来るでしょう。」
 目を見開くゼロス。
 まさか隊長がそこまで考えていたとは思わなかったのだ。
「確かに今は難しい状況にあります。ですがまだ諦めるのは早いのではないですか?諦めなければこの先私のように新たな協力者が現れるかもしれませんし。」
「落ち込んでいる場合じゃないって事か。」
「そういう事です。私が稼げる時間なんて高が知れていますからね。」
「よ〜し!そうと決まったらここでのんびりしてても仕方がないな。なんとかして打開策を見付けださないと。」
「…その前に会っていかれますか?」
「え?」
「私はこれから陛下の命令であの天使を監獄塔へ移送しなければなりません。ですが、神子様がお望みであれば、少しだけ待つ事も出来ますが。」
「そりゃあ会って安心させてやりたいと思うけど、でも国王の命に背く事になるんじゃ…」
「あなたに全てを話した時点でもう十分背いておりますよ。今更気にしても仕方がないでしょう。ただし5分です。それ以上はあげられませんが、よろしいですか?」
「ああ、もちろんだ。少しだけ話が出来ればいいんだから。」
「それでは参りましょうか。」


 警備室から出ると隊長は、入口付近にいた二人の兵士に付いてくるよう合図をして歩き出した。恐らくこの兵士達がクラトスを移送するのだろう。
 ここ兵営は地方から出て来た兵士達が居住している場所で、入口には先程までいた警備室が、そこから奥に向かって、1号棟、2号棟、3号棟と箱型の建物が並んでおり、団地のような造りとなっている。クラトスが軟禁されているのはその中の一番奥、3号棟の最上階最奥の部屋だった。しかし特に見張りが立てられているわけでもなく、廊下はしんと静まり返っている。
「見張りを立てないのは、その必要がないと判断したからです。鍵も掛けておりません。他の者と同じように普通に生活してもらっています。」
 隊長の話では、クラトスは捕まる時も連行される時も無抵抗で、ここに来てからも毎日読書をしながら静かに過ごしており、逃げようという素振りなど全く見られないのだと言う。

 それを聞いた途端、ゼロスは顔色を変えた。

 クラトスならどんなに厳重な警備も突破して逃げる事は可能な筈。それをしないのはこれ以上事を荒立たせたくないからか、それとも諦めているのか……どちらにしても本人に逃げる気がないのでは、いくらこちらが助けようと動いても失敗してしまう確率が高くなってしまう。
 そしてクラトスをそんな気持ちにさせてしまったのは自分かもしれないのだ。

 だとしたら、今自分が会うのは逆効果なのではないか…

「着きましたよ、この部屋です。」
「え?……あ、ああ…」
 隊長の声にハッと顔をあげるゼロス。
 この扉の向こうにクラトスがいる……そう思うと体が震えてきた。
「神子様?どうしたのです?」
「いや…」
「……」
 隊長はしばらくの間、急におどおどしだしたゼロスをじっと見詰めていたが、やがて静かな声で言った。
「……何故あなたは私のところへ来たのですか?」
「え?」
「あなたをここまで変えたのは、あの天使だ。だからあなたは彼を助けようと必死になっている。それで少しでも情報を得たいと私のところへ来た……そう思っていたのですがね。」
「……」
「不安になる気持ちも分かります。ですが怖がるのはおよしなさい。不安は全て捨て去り、私のところへやって来た時の気持ちに返りなさい。今のあなたの思いを、飾る事なく素直に話すのです。…結果はどうあれ、そうする事があの天使を、そしてあなた自身も救う事になる。私はそう思いますよ。」
 それでもゼロスは迷っていた。
 だがこれは自分がまいた種なのだ。ならば自分で刈らねばならない。それはクラトスが常日頃言っていた事でもある。なにより隊長が無理をして設けてくれた機会を無駄にする事など出来なかった。
「……そうだな、あんたの言う通りだ。……分かったよ。」
 ゼロスは覚悟を決めると、深呼吸をして隊長に続き部屋の中へ入っていったのだった。


 クラトスはゼロスの姿を見てかなり驚いたようだった。動揺を隠せない様子で目を泳がせている。
「それでは後はお二人で…。私は廊下におりますので、終わりましたらお知らせ下さい。」
「有難う、隊長。」
 隊長は僅かに笑みを浮かべ頷くと、会釈をして退出していった。

 二人きりになると、ゼロスは視線をクラトスに戻し見詰めた。
 クラトスは反対に目を逸らす。
「…………何故ここに?」
「会いたかったから。」
「……」
「天使様が家を出ていったあの日からずっとそう思ってきた。でも天使様は逃げるばかりで全然会ってくれなくて…。恨めしいと思ったよ。どうして話をさせてくれないんだって、腹が立って仕方がなかった。……でも、そうじゃなかった。逃げていたのは俺の方だったんだ。」
「え?」
 驚いてゼロスを見るクラトス。
 ゼロスは僅かに目を伏せると続けた。
「俺は会いたいと言っておきながら、実は拒絶される事を願っていた。天使様が会ってくれないのだから仕方がないじゃないか。悪いのは俺じゃない、弁解の余地も与えてくれない天使様の方なんだって、そう思いたくて…。結局俺が守りたかったのは天使様でもリリアでもない。自分自身だったんだよ。……考えて、考えて、ようやくその事に気付いた。ううん…以前から気付いていたけど、認めるのが怖かっただけなのかもしれない。最低だよな。そんな気持ちでいくら通ったって会ってくれる筈がないのに。だから今度こそ心の底から謝らなければいけないって思ったんだ。でも、そんな風にぐずぐずしている内に今回の事件が起きてしまった。」
「……」
「……あんたが、かけられた嫌疑の否定もせず逃げようともしないのは、そんな俺に失望したからなんだろう?」
「!!それは違う!」
「だったら何で全てを諦めたような態度をとっているんだよ!…………あんたが家を出たのも、こんな目に遭っているのも、全部俺の所為だ。本当にすまないと思っている。だから償わせてほしいんだ。あんたを助けたい。どんな事をしても絶対に。それとも、こんな俺の力なんて借りたくないって思っているのか?」
「そうではない。私が捕まったのはお前の所為などではないのだ。私は当然の報いを受けているだけなのだよ。」
「え?」
「……いつかこのような日が来るのではないかと思っていた。クルシスが…私が犯した罪はそれだけ重いのだ。そして私はまだその罪を償っていない。」
「だから受け入れると?やってもいない罪被って牢獄に入るって言うのかよ。そんなの変でしょ。」
「……」
「絶対にそんな事させないから。俺はあんたを一生守るって誓ったんだ。あの誓いはこんな時の為のものだろう?それに天使が悪だと言うのなら俺だって…」
「ゼロス!!それ以上言うな!」
「!!」
 目を見開き言葉を飲み込むゼロス。
 クラトスがいきなり抱きしめてきたのだ。
「…天使……様?」
「そんな事を大声で言うものではない。お前はまだ進化途中で、天使ではない。輝石をはずせば天使化は止まり、誰に知られる事なく普通の人間としての生活を送る事が出来るのだ。そうすればお前は今回の件に関係がなくなる。皆が求めているのは『クルシスの天使』が裁かれる事なのだから。残るユアンにしても、私が最後の天使として裁かれれば、以降彼にまで害が及ぶ事はなくなるだろう。」
「……」
「お前はもう十分すぎるほどの幸せを私にくれた。だからこれ以上あの日の誓いに縛られる必要はないのだ。お前の気持ちは嬉しいと思う。だが今お前がやるべき事は、目の前にある幸せな未来を掴む事なのではないのか?」
「目の前の幸せって……違うんだ、俺はあんたとっ!」
「彼女は素晴らしい女性だ。彼女とならきっとお前も幸せになれるだろう。…………私ではお前を幸せには出来ない。」
 目を見開くゼロス。
 クラトスは抱きしめていた手を放すと、戸口に向かって歩き出す。
「天使様!!」
「……短い時間だったがお前と話が出来てよかった。もう何の悔いもない。さらばだ、ゼロス。お前の幸せを願っているよ。」
 そしてクラトスは最後に今まで見せた事がない晴れやかな笑顔を浮かべると、扉の向こうへと消えていったのだった。


「もうよろしいのですか?」
 すぐに出てきたクラトスに隊長が驚きの声を上げる。
「ええ。このような機会を与えて下さり、感謝致します。」
 ふと見ると隊長の後ろにリリアが遠慮がちに立っており…
 クラトスの視線に気付いた隊長は慌てて紹介した。
「あ、ああ、こちらは私の友人ハリス卿のお嬢様でリリア様です。リリア様は神子様の……その…」
 なんとなくゼロスとクラトスの関係に気付いていたのだろう、言い淀む隊長にクラトスは微笑んでみせると、
「婚約者ですよね。存じております。一度お会いしておりますし。」
「は?会っている?」
 意外な答えに、目を丸くしてリリアとクラトスを見比べる隊長。
 クラトスはリリアの傍に行くと静かに頭を下げた。
「……ゼロスをお願いします。」
「え?……で、でも…」
「あいつは今が正念場なのです。一緒に戦った仲間達の思いを形に出来るかどうかの…。その為に教会内で孤立しようとも必死に頑張っている。だからどうか、そんなあいつを助けてやってほしい。常に味方になって支えてやってほしいのです。あなたにならそれが出来ると、私は信じています。」
 戸惑うリリアに今一度頭を下げると、控えている兵士のもとへ行くクラトス。そしてそのまま連行されていってしまう。
 茫然とそれを見送っていたリリアは、ハッと我に返ると、まだ残っていた隊長に駆け寄った。
「隊長様。あの方を助ける方法はもうないのですか?」
「リリア様……あなたは…」
「分かっています。あの方を助けるという事が私にとってどういう意味をなすのか…………でも、あの方を失ってはいけない。ゼロス様の為にも…。あの方はゼロス様に必要な方だと私は思うのです。」
 隊長は自分を真剣に見上げてくるリリアをしばらくの間見詰めていたが、やがて小さく息をつくと言った。
「残念ながら今の状況では難しいでしょう。陛下が考え直してくだされば別ですが。」
「陛下を説得できれば、なんとかなるかもしれないのですね?」
「それはそうなのですが、もはやそのような事ができる人物は…」
「いえ、一人だけ心当たりがあります。」
「え!?それは一体……あ、リリア様!」
 慌ててリリアを呼びとめる隊長。
 だがその時にはもう、リリアは階段を駆け下りていた。そのままの勢いで兵営を走り抜ける。

 以前に一度だけゼロスが話してくれた事があった。

『一緒に戦った仲間の中に一人だけ変な奴がいるんです。いつも他人の事ばかり考えていて、自分の事は後回し。もちろん自分が窮地に陥っても助けてくれなんて絶対に言わない。でも、だからこそ放っておけない。彼の為なら誰もが惜しみなく手を差し伸べる。彼には幸せになってほしいと、皆が思うんです』

 そう話している時のゼロスは本当に楽しそうで…。
 リリアが彼のそんな笑顔を見たのは、後にも先にもその一度だけだった。
 そして彼はこう言ったのだ。

『その人は俺に愛する事を教えてくれた。彼がいたから今の俺があるのです』

 そう…あの時から分かっていた。
 ゼロスが本当に求めているものは何なのかを。
 それなのに気付かぬ振りをしてきたのだ。

 でも今は違う。ただ、ただ、あの時の笑顔がもう一度見たい。
 たとえそれで自分の恋が終わってしまったとしても…。

「待っていて下さい、ゼロス様。きっと私があなたの大切なものを取り戻してみせますから。」

 うまくいくかなど分からなかったが、何もしないでいるよりはいい。
 リリアは、ともすれば悲しみでその場に座り込みそうになるのを堪えながら、ひた走るのだった。


−つづく−