海へ行こう! 後編
「あれ?遊泳禁止だってよ。」
翌朝、早起きをして意気揚々と海に飛び出してきたロイドとコレットは、浜に立てられていた遊泳禁止の札を見て眉を顰めた。
「なんだよ。こんなのありか?折角海に来たと言うのに泳げないなんてさ。」
「だよね〜。」
するとそんな二人の背後から声が聞こえて来た。
「当たり前でしょ。」
振り向いてみれば、そこにはアロハシャツ姿のゼロスが立っており、呆れたように二人を見ていた。
「この天気を見れば、どんな馬鹿でも分かる事だと思うけどね。」
「・・・馬鹿で悪かったな。」
ムッとするロイド。
しかし確かにゼロスの言う通りなのであった。今日は昨日とは打って変わって、黒い雲に覆われた今にも泣き出しそうな空模様で、風も強く、従って波も高い。遊泳禁止になってしかるべき天気なのであった。
「・・・雨、降りそうだね。」
空を見上げながら悲しげに呟くコレット。
「だいぶ荒れると思うぜ。そういうわけだから、ハニー達には気の毒だけど今日のところは諦めるっきゃないっしょ。」
「残念だな〜。」
コレットはまだ未練たっぷりの様子であったが、その点ロイドは変わり身が早かった。
「ま、泳げないものは仕方がないよ。今日は旅館でトランプでもしていようぜ。」
「ロイド君、持って来たの?」
「何言っているんだよ、ゼロス。旅行って言えばトランプと花札じゃねえか。常識だぜ。」
常識?そうか?・・・ロイド君の旅行概念って今一理解できない。
「じゃあ、飯食ったらトランプ大会始めようぜ。」
ニッコリと笑って踵を返すロイド。
ところが・・・。
「あっ!!」
ロイドが突然大声を上げて立ち止まった為、後に続いていたコレットとゼロスは彼の背中に衝突してしまう。
「痛っ・・・ちょっ、ロイド君!急に立ち止まらないでくれる?」
更に文句を続けようとしたゼロスであったが、ゆっくりと振り返ってきたロイドの顔を見て思わず言葉を呑んだ。
「どうしたの?顔面蒼白って感じよ。」
「まずいよゼロス。かなりやばい・・・」
「何が?」
「父さんが・・・」
「天使様がどうしたの?」
「いや・・・実は父さん、昨日の事でかなり落ち込んでてさ。今日は海へは出ないなんて言い出したものだから、俺、慰めたってーか、煽てたんだよね。その結果・・・」
「その結果?」
「お前だって父さんと付き合いが長いんだ。あの人の性格はもう十分に把握している筈だろ。」
ゼロスは溜息を突いた。
そう、分かっている。分かり過ぎる程に・・・。
天使様は異常なほどに生真面目で、冗談など全く通じない、はっきり言ってネクラタイプ。落ち込むと始末に負えなくなり、そうなったら最後、どんなに煽ててもなかなか浮上して来ないのだ。しかしそんな頑固さ故であろうか。一度煽てに乗せてしまう事さえ出来ればその効果は絶大で、ついにはネアカ人間に変貌し暴走してしまうのだ。
「つまり・・・ノリノリ状態?」
「そう。やる気満々って感じでどこかへ走り去って行っちゃった。あの時は『やったぜ!』って思ったんだけど、まさか遊泳禁止だったとは・・・。どうしよう、ゼロス。」
「いや、どうしようと言われても・・・。」
考え込んでしまうゼロス達。
するとそこへ、突然背後から遺跡モードのリフィルの如き薄気味悪い笑い声が響いて来たのだった。
「フッフッフッ・・・これは素晴らしい!」
ギョッとして振り返ったゼロス達の目に映ったのは、デカパン水着姿でサーフボードを抱えているクラトスの姿。
「荒れ狂う高波!ポセイドン(※ギリシャ神話に出てくる海の神)一族の血が騒ぐ!!」
はい?・・・あなた、いつから一族に加わったのですか?
ていうか・・・
「て、天使様・・・そのボードは一体?」
恐る恐る尋ねたゼロスを見やるクラトス。その目は異常なほどにギラギラと輝いている。
「ん、これか?これは元レネゲードの隊員で21号と呼ばれていた男がいてな。18歳年下の女性と結婚し、今や15を頭に8人の子持ちという実に気のいい男で、現在は海の家カーフェイの従業員をしている。こいつがまた実に多趣味な男で、囲碁や絵画など文科系にとどまらず、運動音痴の割には野球やテニスなど運動方面にも幅広く手を出していてな。その中にサーフィンもあったのだ。」
「つまり・・・そいつから借りて来たって事?」
「まあ簡単に言えばそういう事だ。」
最初から簡単に言ってくれ!前置きが長すぎだよ!!
その21号が誰と結婚しようが何人子供がいようが俺様には関係ないし・・・。
「けど意外だったな。天使様、サーフィンなんてやった事あったんだ。」
「何を言っているのだゼロス。そんな暇が私にあったと思うのか?」
「え・・・でも・・・」
「無論やった事などない。しかしやり方は知っている。腹這いになって漕ぎ出して行ったら、立ち上がって波に乗ればいいのだろう?単純なスポーツではないか。」
確かにやり方は合っているかもしれないけど・・・そんな簡単な事かね?
いや、それよりも・・・
「でも天使様。今日は遊泳禁止で海に入る事は出来ないよ。」
しかしクラトスはゼロスの言葉など聞いてはいなかった。
「フ・・・波が私を呼んでいる!」
と叫ぶや否や海へ向かって走り出して行ってしまったのである。
「あっ!ちょ・・・天使様!?」
ゼロスの心配を余所に颯爽と漕ぎ出して行くクラトス。
いや、颯爽と言うにはあまりにかけ離れていた。
全然進んでないよ、天使様・・・。
なんかふらふらしているし・・・・・・あ、転覆した!!
「ああもう!言わんこっちゃない!!」
舌打ちをしながらもすぐに救助に向かったゼロスであったが、クラトスは運よく波にのまれる事なく、ボードと共に浜辺へと押し戻されてきたのだった。
「だ、大丈夫?天使様。」
「大丈夫だ・・・しかしサーフィンとは実に痛みを伴うスポーツだったのだな。乳首がボードに擦れて痛い・・・」
(はい?乳首って?)
見ればクラトスの胸は赤くなってしまっていた。ゼロスもサーフィンはやった事がないのでよくは分からなかったが、やはり初心者。乗り方に無理があったのかもしれない。
「・・・だ、だからもう止めなさいって。初心者なんだから無理をしない方がいいよ。第一今日は遊泳禁止なんだよ。危ないっしょ。」
「明日なら遊泳禁止は解かれるのか?」
「え?それは・・・ええと・・・」
困ったような表情を浮かべるゼロス。今日の天気を見る限り、どうやら明日も無理そうなのである。
「今はもう時期的に波が高くなっちゃうんだ。仕方ないよ。また来年来ればいいじゃん。今度はもう少し早い7月中とかにさ。そうすれば思う存分遊べるよ。だからさ・・・」
「今のこの時期でないと意味がないのだ!」
そう言って、ゼロスの説得にも耳を貸さずに再び飛び出して行くクラトス。
「え?・・・意味がないってどういう事よ?ちょっと天使様ったら!」
しかしクラトスはそんなゼロスの問いに答える事なく、それからも何度も失敗を繰り返しながら果敢にアタックし続けたのであった。
「で?それで結局あいつはどうなったんだ?」
それから数時間後の事。ロイドとコレット、ユアンは旅館にてトランプゲームの真っ最中であった。
ユアンの問いに、ロイドは溜息を突くと答えた。
「うまく波に乗る事が出来たよ。正直、全くの初心者が短時間にあそこまで行くとは思わなかったよ。さすがと言おうか、まあ元々運動神経は良かったんだろうけどさ。でも、乗れた途端にお巡りさんがやって来て、連れてかれちまった。遊泳禁止なのに泳いでいたから誰か通報したみたいで・・・。今頃こってりと油を絞られているんじゃないかな。ゼロスが付き添って行っているから心配はないと思うけど、なんだか可哀そうな気がするな。」
「でも仕方ないよ〜。遊泳禁止なのに『波が呼んでいる〜』なんて言って行っちゃうんだもん。ああいうのが一番傍迷惑なんだよね〜。」
ばっさりと切って捨てるコレット。
「そりゃあ、コレットの言う通りなんだけどさ。でも、昨日と言い、今日と言い、なんかいつもの父さんとは違う気がするんだよね。いくら調子に乗ったとしたって、あそこまでするかなあって。だって、あの人ほど他人に気を使う人、いないだろ?それなのにさ・・・」
「うん。言われてみれば、確かにそだね〜。何かあったのかな?」
「それは分からないんだけど、でもきっと何か理由があったに決まっているよ。じゃなきゃ、あんな無茶するわけないもん。」
「ユアンさんは何か聞いていないの?」
「おお、そうだな。ユアンは父さんの親友だし・・・」
二人の視線が自分へと注がれてきて、ユアンは居心地が悪そうにもじもじと体を動かすと、わざとらしく咳払いをした。
「・・・・・・知らんな。私は何も聞いていない。」
そう言いながらも目を泳がせているところは、なんとも分かりやすい男としか言いようがない。
顔を見合わせるロイドとコレット。
だがそれとなく態度に出てしまうとはいえ、ユアンは一度言わないと決めたらどんなに問い質しても口を割らない男である事は分かっており、二人は探るような視線を送りながらも口に出して問う事はしなかった。
部屋の中に重苦しい沈黙がおりる。
やがてそれを振り払うかのように、コレットがゆっくりと立ち上がると窓へと近付いて行った。
「あ・・・とうとう降って来たみたいだよ。」
その言葉にロイド達も外へと目をやると、彼女の言う通り雨が降り出してきている。
「ホントだ・・・・・・明日には止むかな?」
「止むとは思うが、たぶん遊泳は無理だろうな。」
「チッ、まじかよ。明日が最終日なんだぜ。せっかく海に来たって言うのに、遊べたのは一日だけって事か?」
「仕方がないよ。自然には逆らえないし・・・・・・雨が吹き込んでくるから、窓、閉めるね。」
眉をひそめるロイドに、コレットが笑いながら窓へと手をやったその時だった。
「あれ?これ、なんだろう?」
不思議そうな声を上げ、コレットの手が止まる。
部屋の中にいた時は気付かなかったが、よく見ると小さなベランダの隅に何かが立て掛けてあったのだ。
「これって、もしかして・・・」
手を伸ばして確認しようとするコレット。しかしそれより先にユアンがそれを奪い取った。
そのあまりに乱暴な動作に驚き、コレットは短い悲鳴を上げながら尻もちをついてしまう。
慌てて駆け寄るロイド。
「いきなり何をするんだよ、ユアン!・・・大丈夫か?コレット。」
「え?・・・う、うん、大丈夫。」
「おい、ユアン。それって、一体何なんだよ。コレットを突き飛ばしてまで奪わなくちゃならないものなのかよ!」
「お前達には関係のない物だ。」
ユアンは睨みつけてくるロイドを無表情に見やりながらそれをポケットに仕舞い込むと、
「さて、そろそろクラトス達が戻って来る頃だろう。夕食の支度を始めなければならんな。」
と言いながらさっさと部屋を出て行ってしまったのだった。
「畜生、なんなんだよ、あいつ!」
「ロイド、止めて。私が悪かったんだよ。」
「え?・・・でもお前は何も・・・」
コレットはロイドに首を振ってみせると窓を閉めた。
「ううん。彼の大切なものに勝手に触ろうとしてしまった私の方が悪かったんだよ。だから・・・もういいの。」
ロイドはまだ納得がいかない様子だったが、取り敢えずユアンの後を追う事は諦めたようだった。
「それより、夕食が出来るまでトランプの続きをやらない?でも、今まで私の独り勝ちだったもんね。何度やっても同じだろうし、ロイドは嫌かな?」
「お?言ってくれるじゃん!次はぜって〜負けないからな!」
コレットの挑戦的な言葉にうまく乗せられ、意識をトランプへと戻すとムキになって切り始めるロイド。なんとも単純である。
そんなロイドを微笑を浮かべ眺めながら、コレットは独り言ちた。
あのユアンの目は、『何も言うんじゃないぞ!』と語っていた。きっと口止めでもされていたのだろう。それが分かったから自分は何も言わなかったのだが、でも、本当にそれでよかったのだろうか?
あのベランダに置かれていたものを目にした瞬間、コレットには全てが理解できた。
だからこそ悩んでしまうのであった。
そしてその翌日・・・。
今晩一晩泊まった後、明日の朝にはここを発つ予定になっているので、海で遊ぶのは今日が最終日という事になるのだが、残念な事に、天気は回復したものの相変わらず波は高いままで、結局今日も遊泳禁止で泳ぐ事は叶わなかった。
仕方なく四人は旅館にてトランプ遊びに興じていたのだが、さすがに一日中やっていると飽きてくる。そこで二時を回った頃にはトランプも止めてしまい、それぞれに退屈な時を過ごしていた。
それから一時間ぐらいが過ぎた頃の事だった。
散歩に行くと言って外へ出ていたロイドが興奮した様子で戻って来たかと思ったら、開口一番こう言ったのだった。
「遊園地に行こうぜ!」
「遊園地?何を寝ぼけてんの、ロイド君。ここは海でしょうが。」
「違うって、寝ぼけてなんかいねえよ。この近くにあるんだよ。ちっこいけど遊園地がさ!」
「え〜!?ホントに〜?」
「ホントだってよ、コレット!俺もさ、こんなトコには何もないだろうって諦めていたさ。でも散歩していたら偶然そんな話をしている人達に会ったんだ。話によるとここからバスで40分ぐらいの所にあって、公園に毛の生えた程度のものみたいなんだけど、それでも旅館でゴロゴロしているよりかはましだろ?」
「うん。そかもね〜。」
「だろ?だからさ、これから繰り出そうぜ!」
「私は構わないけど、でも・・・」
ちらりとクラトスを見やるコレット。
クラトスはロイドの話を聞いているのかいないのか、先程から振り返る事もなく窓から外を眺めたままだった。
「父さんってば、聞いているのかよ!」
ロイドに肩を揺すられ、クラトスはようやくぼんやりとした目をロイドへと向けて来た。
「そんなに大声を出さずともちゃんと聞いている。遊園地があったのだろう?」
「聞いていたのなら反応ぐらい示してくれよ!・・・で、行くだろ?遊園地。」
「・・・・・・いや、私は止めておく。三人で楽しんでくるといい。」
「どうしてだよ。昨日の事、まだ気にしているのか?だったら尚更行くべきだよ。気分転換にもなるから、いじけていないで行こうぜ。な?」
「そんな気分ではないのだ。いいから私の事は放っておいてくれないか。」
そう言いながら再び窓の外へ目をやってしまうクラトス。
ロイドはそのあまりに素っ気ない態度に、ムッとした表情を浮かべた。
「なんだよっ、人が折角父さんを元気づけようと思って穴場の観光スポットを探し出してきたってぇのに!・・・ああ、そうかよ。行きたくないなら別にいいよ。俺達だけで楽しんでくるからさ!・・・行こうぜ、二人とも。」
「え?・・・でも、ロイド・・・」
「いいんだよ。こんないじけ虫放っておけばさ!」
そう言うとロイドは、困ったような顔のコレットと黙ったままじっとクラトスを見詰めているゼロスの腕を掴むと無理矢理に引き摺るようにして出て行ってしまった。
しかしクラトスは、そんなロイド達には全く注意を払う様子はなく、やはりぼんやりと海を眺めたままで振り返ろうともしなかったのである。
「ったく!なんなんだよ、あれは!」
それからバス停までやってきたロイドは、一人しきりに文句を言い続けていた。海に来たにも拘わらず満足に遊ぶ事が出来なかった苛々が、こと最終日に至り大きく膨れ上がり、その上あのクラトスの素っ気ない態度によってついに爆発してしまったようであった。
「ねえ、やっぱり戻ろうよ。ロイドはクラトスさんの為に遊園地を探して来たんでしょう?だったらその当のクラトスさんを置いて私達だけで行ったって楽しめるわけがないよ。」
「別にあいつの為だけに探してきたわけじゃねえよ。俺達全員の暇を潰せるものはないかと思って探しただけだ。それに、本人が行きたくないって言うんだからどうしようもないだろう。」
「でも・・・」
「お、バスが来たようだぜ。さあ、コレット。もうあんな奴の事は忘れようぜ。でないとそれこそ楽しめる筈のもんが楽しめなくなっちまう。」
そんな事言って、自分が一番忘れられないくせに・・・。
ロイドの空々しい笑顔を見てそっと心の中で呟くコレット。
すると・・・
「ロイド君、悪いけど俺様やっぱ帰るわ。」
「ゼロス?・・・え〜、なんでだよ。あいつの事が気になるのか?あんな奴、無視すりゃいいじゃんか。」
「違うって。天使様の事とは関係ない。」
「だったらどうしてだよ。」
「ほら、俺様、ロイド君達と違ってもう大人だからさ。遊園地っていうのはちょっと気が引けちゃうわけよ。それにこの面子じゃ、俺様一人オジャマ虫〜って感じでしょ。」
思わず顔を見合わせるロイドとコレット。
「ば、馬鹿!な、な、何を言っているんだよ。俺達は別にそんなんじゃ・・・」
「いいの、いいの。照れない、照れない。」
ゼロスはニヤリと笑うと、真っ赤になっているロイドの肩をポンポンと叩きながら言葉を続けた。
「てなわけで、オジャマ虫はとっとと退散しますから、後は二人だけであま〜い時を楽しんでらっしゃいって。そんじゃね〜〜!」
そしてウインクをすると、その言葉通りにとっとと走り去って行ってしまったのだった。
「なんなんだよ、どいつもこいつも・・・ま、いっか。ゼロスもああ言っていた事だし、俺達だけで行くとしようぜ。」
肩をすくめてそう言うと、コレットの手を取りバスへ乗り込もうとするロイド。
だがコレットはその手を優しく振り払った。
「コレット?どうしたんだよ・・・まさかお前まで・・・」
「やっぱり駄目だよ、ロイド。」
そう、このままじゃ駄目・・・。やっぱり真実を告げるべきなんだ。
だってこのままじゃ、ロイドはクラトスさんの事を誤解したままだもの。
「何が駄目なんだよ。俺と一緒じゃ嫌なのかよ。」
「違うの、ロイド。そうじゃない。ただね、遊園地に行く前に話しておきたい事があるの。あのベランダにあったものの事・・・」
「え?」
「ちょっとお客さん。乗るの?乗らないの?」
バスの運ちゃんに急かされ、ロイドは戸惑ったように運ちゃんとコレットの顔を見比べていた。
その頃クラトスは荒々しく打ち寄せる波を前に、砂浜に腰を下ろし手の中のものをじっと見詰めていた。
「やっぱりここにいたんだ。」
突然に聞こえて来たその声に、ビクンと体を震わすと手に持っていたものを背中に隠しながら慌てて振り返った。
「ゼ、ゼロス!?・・・遊園地はどうしたのだ?」
「ロイド君達だけで行ってもらった。俺様はちょっと天使様と話したかったからさ。」
「話って・・・。そんなのは家に帰ってからでもいくらでも出来るではないか。」
「今じゃないと駄目なの!」
そう言いながら、クラトスが背中に隠したものをさっと奪い取るゼロス。
「あ!・・・そ、それは・・・」
「やっぱりね。こんな事じゃないかと思った。」
それを見たゼロスは大きく溜息を突いた。
それはアンナの写真であった。見覚えがある事から察するに、恐らくはあのペンダントの写真を大きく引き伸ばしたものなのであろう。それにご丁寧に防水加工が施されている。
写真の中のアンナはとても幸せそうに微笑んでいた。
「もしかしたらとは思っていたけど、急に海に行きたいなんて言い出したのはやっぱりアンナさんの為だったわけか。」
「・・・すまない。」
「どうして謝るの?・・・・・・て言うかさ、もう何もかも話してくれないかな。」
クラトスはそれでも迷っているようであったが、やがて観念したかのようにぽつりぽつりと話し出した。
「実は先日アンナの墓参りをした帰りに、ばったりとしいなに会ったのだ。その時に聞いた話なのだが、彼女の里ではお盆という行事があって、その期間、死んだ者の魂が子孫や家族に会いにこの世に戻って来るそうなのだ。」
それはゼロスもしいなから聞いた事があった。彼女の里では8月の数日間だけ先祖の霊があの世から里帰りをし、現世のものと共に過ごすという風習があるらしい。
「それを聞いた時私は、もしそれが本当なのだとしたら、それはアンナにしてやれなかった事を叶えてやれるチャンスなのではないかと思ったのだ。」
海に目をやり話し続けるクラトス。
「・・・アンナは一人娘だった所為か両親にとても大切にされており、ルインから出た事がなかった。だから海へも行った事がなく、町に訪れる商人達の話を聞いては、いつかはこの川の先にあるという果てしなく大きい海というものを見てみたいとずっと思っていたそうなのだ。私と旅に出てからもいつも口癖のように海を見たいと言い続けていてな。近い内に必ず連れて行こうと約束していた。だが、その願いを叶えてやる前に彼女は・・・。」
目を伏せるクラトス。
「その事が私の中でずっと悔いとなって残っていた。だからもし本当に彼女の魂が戻ってくるのなら、今度こそ念願の海を見せてやりたいと思ったのだ。」
“これで念願の海へと思っていたのだが・・・”
やっぱりあれはアンナさんの事だったんだ。おかしいとは思っていた。海に行った事のある筈の天使様がどうして“念願の海”だなんて言うのか、ずっと引っ掛かっていた。でもあれがアンナさんの事であるなら納得がいく・・・。
「それにどうせ行くのなら見せるだけではなく、海水にも触れさせてやりたいと思った。それで一緒に海に入る事が出来るようにと、ユアンに頼んで写真に防水加工を施してもらったのだ。でも・・・実際にはどうしても写真を持ち出す事は出来なかった。そうしたらユアンが気を利かせてくれてな。アンナにも私達が海で遊んでいる姿が見えるようにと、こっそり写真を窓辺に立て掛けてくれたのだ。私達の場所を旅館前に指定したのもその為だった。」
「だからあんなにも殊更にはしゃいでいたわけか。アンナさんに楽しんでいる姿を見てもらいたくて。アンナさんにも一緒に楽しんでもらいたくて・・・。でもそれなら、どうして堂々と写真を持って出なかったの?別にこそこそするような事じゃないでしょ。」
「それは・・・」
「もしかして俺様に気を遣ったとか?それで海に来る理由も嘘を吐いたってわけ?」
「だって言えるわけがないじゃないか!・・・お前はこんな私なんかを本当に大切にしてくれている。そんなお前に、アンナの為に海へ連れて行ってくれだなんて、そんな事言えるわけがない。」
「いい加減にして欲しいなっ!!」
この突然放たれた大声に、クラトスはビクリと身を震わすと怯えたようにゼロスを見た。
「大切にしてもらっているから言えるわけがない?・・・そんなの俺様からしてみればただの自惚れにしか聞こえないね。あんた俺様を馬鹿にしているわけ?」
「馬鹿にするなんてそんな!」
「いいや馬鹿にしてるね。だってそうだろ?あんたは俺様がアンナさんに対して焼きもちをやく事を前提に物を言っている。それはもう立派な自惚れだろう?馬鹿にしているとしか思えないね。」
「違うっ!!・・・私はただお前を失いたくなかっただけなのだ。アンナの事を話してしまったら今の関係が壊れてしまうような気がして・・・だから私は・・・」
そう言ってガクガクと震えながら蹲ってしまったクラトスを、ゼロスは暫しの間見詰めていたが、やがて膝をつくとクラトスの体をそっと抱きしめながら、今度は優しい声音で話し始めた。
「ねえ、天使様・・・天使様は忘れちゃったの?俺様があんたにプロポーズした時の言葉を。」
『えっ?』という顔で自分の顔を見上げてきたクラトスに向かって、ゼロスは悪戯っぽく笑ってみせた。
「仕方ないなあ。忘れちゃったのなら、特別大サービスでもう一度言ってあげるよ。俺様はあの時こう言ったんだ。『アンナさんがあんたの中で生き続けているのは分かっている。それを消し去る事なんて出来ない事も・・・。だから俺様は中にいるアンナさんごとあんたを愛していく。アンナさんには迷惑かもしれないけど、二人いっぺんに面倒見てやるよ。未だにアンナさんを思い続けているあんただからこそ、俺は愛したんだから』ってね。」
目を見開くクラトス。
「そんな俺が焼きもちなんてやくと思う?アンナさんの事を考えたからって俺様が天使様の事を嫌いになると思う?」
「ゼロス・・・」
そうだ・・・確かにゼロスはあの日、アンナの事で苦しんでいた私に向かってそう言ってくれたのだった。でも私はそれを忘れてしまっていた。
いや、忘れていたのではない。ちゃんと覚えていた。ただ私は・・・。
「・・・そうか・・・私は、お前を信じ切れていなかったのだな。そんな事が出来る筈がないと頭から決めてかかっていた。お前が言うように、私はお前の事を馬鹿にしていたのかもしれない。すまない、ゼロス。私は・・・」
「もういいよ、天使様。俺の方でもあんたの事を信じ切れていなかった。口ではカッコイイ事を言っておきながら、内心では天使様がいつか俺様の元から去って行ってしまうような気がずっとしていたんだ。だから今回もアンナさんの事だと気付いていながらそれをどうしても口に出す事が出来なかった。おあいこって事だね。」
そう言ってクラトスの目から溢れそうになっている涙をそっと拭ってやりながらウインクしてみせるゼロス。
「・・・私がもっと早く全てを話す勇気を持てていれば、こんな事にならなかった。結局アンナを海に入れてやる事は出来なかったな。例え出来たとしても、所詮こんな事は自己満足でしかないのかもしれないが・・・」
「そんな事ない!きっとアンナさんは一緒に楽しんでくれたと思うよ。天使様が楽しそうにしている姿を見てすごく嬉しかったんじゃないかな。」
「・・・そうだろうか。」
「そうだよ。そうに決まってる。今回は海には入れなかったけど、また来年来ればいいよ。8月のこの日に、今度はこそこそとじゃなく、堂々とね。」
「そうだな。また来年に・・・」
ニッコリと笑い合う二人。
するとそこへ、今度はロイドの声が突然聞こえてきたのだった。
「ちょっとお二人さん。何、もう終わっちゃったみたいな事言っているんだよ。海を楽しむのはまだまだこれからだろ。」
「ロ、ロイド君!?・・・な、なんでここに?遊園地はどうしたの?」
「あれは止めにしたよ。考えてみたら折角海に来たのに遊園地で遊ぶっていうのも変だしね。」
ロイドはそう言うと、クラトスの方へ向き直った。
「父さんったら水臭くねえ?母さんを連れて来たくせに息子の俺にも内緒にしているなんてさ。」
「話を聞いていたのか?」
「いんや。聞いたのは最後のラブラブの部分だけ。」
顔を赤らめるクラトス。
「だ、だったら何故写真の事を・・・」
「あ、それ、私で〜す。」
コレットがペロリと舌を出しながら手を上げた。
「実は偶然にベランダにあった写真を見つけちゃって、それをロイドに話したんです。そうしたらロイドがすぐに戻ろうって言ってくれて・・・。」
「当たり前だろ。俺は母さんの息子なんだぜ。母さんに関わる事を放っておけるわけないだろう。・・・それから旅館に戻ってユアンから父さんがやろうとした事を聞きだしてさ。それでここに来たってわけ。」
「そうか・・・。すまなかったな。お前にまで黙っていて・・・。」
「全くだぜ。まあ、大方俺の口からゼロスの耳に入るのを心配したんだろうけど、俺だけには言って欲しかった。でもさ。この事を知った時、俺、嬉しかった。父さんはまだ母さんの事を忘れていなかったんだって・・・。だからもういいんだ。」
「ロイド・・・有難う。」
ロイドは照れ臭そうにエヘヘと笑った。
と、そこへゼロスが口を挟んできた。
「で?なんなのよ。」
「え?何が?」
「今言ったでしょ。海を楽しむのはまだまだこれからだって。」
「あ、そっか。」
ゼロスにそう言われ、ロイドが持っていた袋からがさごそと取り出したそれは花火セットであった。
「花火?」
「花火大会って言えば海にはつきものだろ。もう夕暮れだけどこれなら楽しめるしさ。」
「な〜るほど!ロイド君にしては冴えてるね。」
「実はそれ、私のアイディアで〜す。」
「あ、やっぱり?ロイド君にしてはおかしいと思ったんだ。」
「どういう意味だよ!」
プ〜と膨れて見せるロイド。
「・・・ま、いっか。とにかく盛大にやろうぜ。海での最後の夜。俺達が楽しんでいる姿が母さんの目にしっかりと残る様に。」
こうして始められた花火大会。
アンナの写真を前に、花火を楽しんでいる4人の賑やかな笑い声は明け方近くまで続いていた。
「ゼロス、起きろ!今日からまた仕事だろう。」
クラトスの怒鳴り声に、重たい瞼をやっとこ、こじ開けるゼロス。
「う〜ん、あと5分・・・」
「ゼロス!!」
「はいはい、分かりましたよ。今起きるからそんな怖い顔しなさんなって。」
ゼロスは苦笑を浮かべると、もぞもぞと布団から這い出した。
海から戻った翌日から、またいつも通りのゼロス家の一日が始まった。
しかし以前とは違う点が一つだけあった。
それは・・・
「こら、ゼロス!行儀が悪いぞ!!」
上着に袖を通しながら食卓のパンを一つ口に銜えたゼロスに、再びクラトスの怒号が飛ぶ。
「ちゃんと座って食べなくては駄目ではないか!」
「そうしたいのは山々だけどね。時間がないんだよ。」
「寝坊するからいかんのだろう。」
「仕方ないっしょ。休みの翌日なんて誰でもこんなもんよ。あ〜、もう一日休みたい!」
「ゼロス・・・」
「あ〜ん、分かってますよ。ずる休みなんて駄目だって言いたいんでしょ。冗談だよ、冗談。心配しなくても、仰る通り、神子としての仕事をきちんと果たして参りますって。だから朝からそんな怖い顔で睨まないでよ。」
「睨ませるような事をお前がするからいけないのだろうが。大体お前はいつも不真面目すぎるのだ。もっとこう、物事に取り組む時は真剣にだな・・・」
「行ってきま〜す!」
「こら、ゼロス!話はまだ終わっていないぞ!」
「言ったでしょ。時間がないんだって!」
クラトスのお説教から逃げるかのように走り出したゼロスであったが、居間にあるキャビネットの前まで来るとピタリと立ち止まった。
「行ってきます!」
そしてそこに飾られている写真立てに向かって一礼し、再び走り出す。
「待たんか、ゼロス!」
「あ〜〜、しつこい!遅刻しちゃうっしょ。」
賑やかに走り過ぎて行く二人の姿を、その写真立ての中からアンナの優しい笑顔が見送っていた。
たった一つ違う点・・・そう、それはゼロス家に増えた新しい家族。
仲睦まじい男性同士のカップルの家に一人の女性の写真が飾られている・・・それは他人の目には奇妙な光景に映るかもしれない。だが、そんな事はゼロス達にとってはさしたる問題ではなかった。
他人がどう思おうが構わない。
だってゼロス達にとって彼女は、大切な家族の一人なのだから。
−海へ行こう! 終−
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